2-6.小鳥のハミング


 エイルがデザートを食べ終わってからも話題は尽きずに話し込んでいたら、店員の視線が気になってきたので、とりあえず店を出ることにした。まだ暑さはピークを迎えている時期だが、暦上では秋になったということもあり、数日前まではこの時間でも明るかった空はほんのり紫色になっていた。

「エイルの瞳と同じ夕暮れの空だな」
「あ、本当だ。暗くなっちゃったね」
「飲み物だけで結構喋ってたからな! そこそこ腹も減ってきたし」
「じゃあ、またわたしの部屋に行く? ご飯作るよ?」
「……だーかーらー!」
「?」
「彼氏でもない男を部屋に誘ったらダメだって言っただろ」

 メッ!と、小さい子供を叱るような口調で諭す。全く、これが俺ではなくデンジだったら、とっくの昔に美味しくいただかれているぞ。もっと、自分に女の子としての自覚をもって欲しいと思う。
 とは言っても、夕食も一緒に、と思っていてくれたことは素直に嬉しいし、シュンとしている姿のまま帰すのは嫌なので、代わりに別の提案をする。

「よし! カラオケに行こう!」
「カラオケ?」
「あそこなら話せるし、何か食えるし、それに俺、久しぶりにエイルの歌が聴きたい!」
「うん! 賛成!」

 個室で防音というからには部屋と何も変わらないだろ、とデンジならいう気がするが、全然違う。それに俺は、個室でふたりきりになりたいとかそういう下心は一切なく、純粋にエイルの歌を聴きたいと思ったのだ。バーで聴いたあの歌声を、今度は独り占めできる。みんなが下から見上げている高嶺の花に、俺だけ一歩近づいた気分だ。
 ちょうど週末ということもありカラオケ店はそこそこ混んでいて、予約されている部屋もあったが、一時間のみ空きが見つかりそこへ滑り込むことが出来た。ワンドリンク制なので、とりあえず選曲の前にメニューを開く。

「カラオケなんて久々だなー。とりあえず飲み物は、っと」
「わたしはウーロン茶でいいや」
「じゃ、俺はコーラ!」
「了解。頼んでおくから、先に曲決めてて」
「おー」

 やっぱり一曲目は、誰もが知ってる流行の明るい曲が良いだろうな。こういうときは検索履歴から曲を探すと、良い曲を見つけやすいことが多いんだよな。
 タッチパネルを操作しながら考えていると、至近距離から視線を感じたので顔を上げた。青くて丸い、ふわふわした綿飴みたいなポケモンが、そこにいた。

「うわっ!? なんだ? チルット?」
「チー!」
「あ。勝手に出てきちゃったの?」
「チィチィ!」

 チルットは綿飴みたいな翼を羽ばたかせて、エイルの頭の上に乗っかった。チルットは人懐っこい性格で、人の頭の上に乗ることが好きだとは良く聞くが、まさにその通りのようだ。

「驚かせてごめんね。この子、わたしのチルット。初めて自分でゲットした子だよ。歌うことが大好きだから、自分も歌いたくなって出てきちゃったんだと思う」
「そっかそっか! いいぜ! 好きなだけ歌えよ! 何が歌えるんだ?」
「チルットはね、ポケドルの曲が好きだよね?」
「チー!」
「じゃあ、最近流行ってるこの曲は?」
「ん。歌えるよ」
「じゃあ、送信っと。ほら、マイク!」
「ありがとう」

 いかにもアイドルらしいキラキラした明るい曲が、スピーカーから流れ始めた。場を盛り上げようとタンバリンを鳴らす準備をしていたが、エイルが歌い出すと、そんな余裕はなくなった。
 思わず呟いたところで、きっとエイルには聞こえないだろうから、口に出させてもらう。

「可愛い……」

 バーで聴いた歌は、どちらかというとムーディーでハスキーボイスの似合う格好いい曲調だったが、それとはガラリと変わって今流れているのはコテコテのアイドルソングだ。エイルの声は曲に合わせて少し高めだし、隣にチルットがいることもあり、可愛い以外に言葉が見つからない。可愛いの大渋滞とはこのことだ。
 チルットが最後にひときわ高く鳴き、曲が終わった。今さらだが惜しみ無くタンバリンを叩く。

「やー! 相変わらず上手い! そしてこういう曲も似合うのな!」
「この曲は元々ポケモンと一緒に歌うように作られてるから、歌いやすかったよね」
「チルットも、よかったぞー!」
「チチッ」
「俺も何か歌うかな!」
「オーバくんはどういう曲を聴くの?」
「わりと何でも聴くぜ! ポップ、ロック、ジャズ、レゲエ……あ、でも外国語はちんぷんかんぷんだから聴かないな」

 あれだけ上手い歌を聴かされた後なので、多少歌いにくい気もするが、カラオケは盛り上がってこそなんぼだと思うので、無駄にテンションを上げていく。

「よーし! あー! あー! 久々だから声出るかなー!」

 実際に歌い始めると、緊張などどこかへ行ってしまった。大声を出すとやっぱりスッキリするし、気持ちが良い。時折エイルを見てみると、チルットと一緒にマラカスを振ってくれていたので、余計に俺のテンションも上がった。

「フー! サンキュー!」
「上手!それにすごく良い声してる!」
「ははっ! エイルに褒められると光栄だな! エイルはほんと、プロだと思うくらいうまいからさ!」

 マイクを置いて、ソファーに座り込んだ。エイルはタッチパネルに視線を落としたまま、俺をの名を呼んだ。

「オーバくん」
「ん?」
「わたし、頑張ったら本当にプロになれると思う?」
「ああ!」
「……そっか」

 表情こそ読めなかったが、エイルの口元が微かに笑っていたことは、わかった。

「さっ! 次はなに歌おっか? せっかくだしふたりで歌ってみない?」
「おっ! いいねぇ!」
「チチチー!」
「あ、ごめんごめん。チルットもね」

 このとき、俺にはなんとなくエイルの夢が何なのか、わかった気がした。でも、それを口には出さなかった。エイルが話してくれるまで待とう。そして話してくれたそのときは、目一杯応援しようと、心に誓った。



2019.8.17


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