2-3.きみ色になる
ついに、エイルのポケモンを見せてもらう当日。もとい、俺にとってはデートの約束の日がやって来た。遠足を心待ちにする園児のように昨晩はなかなか眠れず、そして今朝は早起きし過ぎてしまった俺は、約束の三十分前には待ち合わせ場所に到着していた。もちろんのこと、エイルの姿はまだ見えない。
仕方がないので、俺は持ち歩いている昔ながらの暗記カードを眺めながら時間を潰すことにした。表にはポケモンの技が、裏にはどのような効果があるかが記入されているものだ。空き時間も有効に使わないとな。
勉強は好きではないが、それが好きなものであれば話は別だ。時間を忘れて集中して、どんどんカードをめくっていく。
どのくらい時間が経過したのかはわからないが、影がかかったので顔を上げた。いつものように、パーカーにジーンズ姿のエイルがそこに立っていた。あ、でも今日はメガネをしてないな。
「よっ! 久しぶりだな!」
「うん。久しぶり。お待たせしてごめんね」
「いやいや! 時間ぴったりじゃん! 俺が早く来すぎただけだから気にすんな!」
暗記カードをポケットにしまいつつ、スマホを確認した。うん。やっぱり、時間ぴったりだ。何も否はないというのに、エイルはなぜか浮かない表情だった。
「オーバくん」
「ん?」
「ポケモン達を見せる前に付き合ってほしいところがあるんだけど……」
「おー! いいぜ! どこに行く?」
それで、エイルの表情が少しでも晴れるなら。そして、少しでも長く一緒にいたかった俺は、二つ返事で頷いた。エイルの表情も、ホッとしたように少し和らいだ。
そして、エイルが俺を連れてきたのは。
「デパート?」
「うん。あのね、わたし、せっかくのデートなのに、可愛い服を全然持ってなかったなって気付いたの」
「お、おう」
今日をデートと思っていたのが自分だけではなかったことと、それをエイルがストレートに伝えてきたことに驚きつつも、言葉の続きを待った。
「だから、服を一緒に選んでほしいの。オーバくんはどういう服が好き?」
「俺? 俺の好みで選んでいいのか?」
「うん。オーバくんの好み、聞いてみたい」
「そうだなぁ。俺は、カジュアルだけど女の子らしい服が好みかな! ショートパンツとか元気な感じでいいよな!」
「なるほど」
エイルは真面目な顔をして、フロア一番手前の店に入ると、服を物色し始めた。まわりには俺以外にも、彼女の服選びに付き合っていると思われる男が結構いたので、レディースのフロアにいること自体はなんとも思わなかった。
それよりも、エイルが俺の意見を参考にして選ぶ服がどんなものか、楽しみでしかたがなかったし、これは脈があるんじゃないかと浮かれてしまう。今は試着室に入ったエイルが、どんな格好で出てくるのか、早く見てみたかった。
試着室前の椅子に座って待っていると、五分も経たずにカーテンが左右に開き、姿がガラリと変わったエイルが現れた。
俺がリクエストした通り、下はショートパンツだった。先日、部屋に泊まったときに分かってはいたが、相変わらず白くほどよい肉付きの足がすらりと伸びている。上は、肩が出ている……オフショルダーっていうんだったか、そういうデザインのトップスだ。くっきり浮かぶ鎖骨が女性らしく、首元を綺麗に見せている。
なんというか、うん。期待以上だ。
「どうかな?」
「おー! いいじゃん! 似合ってるぜ!」
「本当? じゃあ、これにしよっと。すみませーん! これ、このまま着て行きたいんですけど」
「かしこまりました」
試着したその姿のまま、靴だけは自前のブーツをそのまま履き、エイルは会計へと向かった。俺も後に続こうとすると、エイルが使ったあとの試着室を整えに来た別のスタッフが、こっそり耳打ちしてきた。
「彼女さん、スタイル良くてとても可愛いかたですね」
「……へへっ。どーも」
ああ、そうか。まわりにいる恋人達のように、今の俺達もそういう風に見えるのか。嬉しくて、思わず肯定で返してしまった。
新しい服に身を包んだエイルは、いつもの表情に戻っていた。いや、むしろ、それ以上に明るくなった気がするのは、俺の気のせいではないだろう。
「付き合ってくれてありがとう! じゃあ、行こっか」
「おう! それにしても」
「なに?」
「コンテストや歌う時の服はあるのに、私服はあまり持ってなかったのか?」
「……うーん。持ってない、というか……」
途端に、言葉を選ぶように、エイルの口調はゆっくりになった。
「わたしの両親……というか、お父さんなんだけど、結構厳しい人でね。露出をしたり派手な格好はするな、って言われてたの」
「なるほど。だから、地味目というか、大人しい感じの服ばかりだったんだな」
「うん」
「でも、そんな父親のわりにはよく独り暮らしなんて許可してるよな」
「……んー」
あ、まずい。エイルが自分のことを話してくれたのが嬉しくて、素直に疑問をぶつけすぎてしまった。エイルは明らかに困った様子だった。
エイルのことを知りたいとはいっても困らせたくはないし、気まずい空気になるのは嫌なので、素直に、でもエイルが気を遣わなくて済むよう、軽めに手を合わせた。
「悪い!」
「え?」
「言いたくないこともあるよな。そういうときは無理に話さなくていいから、そう言ってくれよな」
「……うん」
「よし! じゃ、ポケモン達を出せるところに行こうぜ! 海が近いし浜辺にでも行くか!」
明るく、何も気にしてないという風にエイルの一歩先を歩く。すると、後ろからボソリと
「ありがとう。オーバくん」
と聞こえてきたので、聞こえないフリをしつつ、俺は胸を撫で下ろした。深い話をするのは、もっと仲が深まってからでも良い。
せっかくのデートだ。今日は一日楽しい日にしたいし、笑顔のエイルをたくさん見たい。
2019.8.14