1-7.夕暮れの瞳


 静かなナギサシティの夜道に、笑い声が響く。酒を飲んで火照った体を夜風が冷やしてくれるからか、ずいぶん飲んでいたわりに俺達の足取りは軽やかだった。

「じゃあ、オーバーヒートに自分の名前が似ているから、ほのおタイプにこだわり始めたの?」
「ああ! いろんなタイプを手持ちにしたほうが、ポケモンのことを広く知ることが出来るけど、一つのタイプを極めるのもいいなって思ってさ!」
「ふふっ。きみらしいね。じゃあ、手持ちは? ほのおタイプ以外の子はいないの?」
「いや、ほのおタイプにこだわる前にゲットしたハガネールやミミロップやフワライドが……」
「フワライド? 偶然! わたしもフワンテが手持ちにいるんだ」
「マジ!?」
「ええ。しかも、わたしのフワンテは色違いよ! 黄色い体で可愛いの!」
「マジか! 見たい! 会ってみたい!」
「もちろん。でも、今日はイーブイ以外はポケモンセンターに預けてるから、また今度ね」
「よっしゃ! あとリザードンとも会わせてくれよ! 炎の竜! やっぱかっこいいよなー!」
「オーバくんは本当にほのおポケモンが好きなんだね」

 ふと、エイルは思い出したように唇に指を当てた。

「そういえば、わたしもイーブイ以外の子達は同じタイプだな」
「へぇ! リザードンとフワンテがいるとなると……ひこうタイプか?」
「さすが。正解」
「やっぱり! 俺みたいに、そのタイプに拘る切欠があったのか?それともたまたま?」
「んー……最初は偶然だったけど……憧れていたから、かも」
「憧れ?」
「うん。自由に空を飛んでどこまでも行ける、そんな彼らに憧れていたんだ。きっと。だから、ひこうタイプの子達を、無意識に仲間にしてきたのかも」

 あ、まただ。先ほどバーでも見せた、寂しげで、ここではないどこかを見ているような目。夕暮れから夜に変わるような、夜が明ける前のような、そんな瞳の色が微かに暗くなる。その理由を知りたいと、思ってしまう。
 俺が追求するより先に、エイルが足を止めた。

「着いた」
「あ、ああ」
「送ってくれてありがとう」

 着いたというのは、エイルの家。階段の下には駐輪場があり、明かりが灯った敷地入り口の脇にはごみ捨て場と飲料の自動販売機がある。見たところ、独り暮らしタイプのアパートのようだった。残念ながら、これ以上話すことはなさそうだ。
 エイルが部屋に入ったのを見届けて帰るべきか、それとも部屋を知られたくないかもしれないことを考慮してさっさと立ち去るべきか、考えているとエイルの方から口を開いた。

「ねぇ、オーバくん」
「ん?」
「よかったら、上がってお茶でも飲んでいかない?」

 酒が入ってふわふわしていた思考が、一気にクリアになる。明かりの下にいるからよく見えるが、エイルの表情はいつもと何ら変わりない。それは、自分が言ったことの重大さを分かっていないのか、それとも言い慣れている言葉だからか。
 どちらにせよ、少しだけ、彼女に対してガッカリしてしまったのだ。
 俺が沈黙したことを不思議に思ったのか、エイルは首を傾げていたが、ハッと目を見開いたかと思うと、気まずそうに目を伏せた。

「ごめん。変な意味じゃないの。ただ、こんなにお喋りして久しぶりに楽しかったから、もっとお話ししたいなと思って」
「だとしても、彼氏でもない、ましてや知り合ったばかりの男にそんなこと言ったらダメだろ」
「うん……ごめん。でも、こういうことを言ったのは、きみが初めてだよ」

 また、目を見開くのは俺の番だった。真っ直ぐに見つめ返してくるその瞳の色に、偽りはないと感じ、少しホッとした。少なくとも、後者ではなさそうだ。

「部屋じゃなかったらいい?」
「もちろん。ファミレスにでも行くか?」
「それもいいけど……わたしは夜風に当たりながら飲みたい気分」
「って、まだ飲むのかよ!」

 と言いつつ、俺も賛成だったのでコンビニへと向かい、酒を数本買い込んで、公園のベンチに腰を下ろした。海浜公園なので目の前は海だし、星もよく見える。
 再び酒が入り、俺は更に饒舌になっていた。

「じゃあ、三人は幼馴染みってことなんだ」
「ああ! デンジは機械いじりが好きな変わったやつだし、レインはおっとりしててデンジ至上主義! 俺はこんな性格で、チグハグなように見えるけどずっと三人でつるんでるんだ!」
「オーバくんは二人のことがすごく大切なんだね」
「あ? まー、そうかもな。腐れ縁ってやつだな」
「いいね。そういう友達がいるって」

 酒を飲み下すエイルの横顔を見て、ふと思う。
 そういえば、エイルはどうなのだろうか。独り暮らしのようだが、家族はどうしているのか? 友達は? リザードンとフワンテとイーブイ以外にポケモンはいるのか? コンテストを始めたきっかけは? 喫茶店で働き始めたきっかけは?
 何でもいいから、ただ目の前にいる人のことを知りたいと、思った。

「なんか、俺のことばかり話してる気がする」
「そう?」
「エイルのことも教えてくれよ!」
「わたしは……特に面白い話は持ってないなぁ。ただの喫茶店のスタッフで、歌やコンテストが好きな女です」
「そうそう! 歌もコンテストもすごかったよな! プロになれるんじゃねぇの?」
「……プロなんて、そんな。夢のまた夢だよ」
「そんなこと分からないだろ! 俺にはあるぜ! でーっかい夢!」
「どんな?」
「ふっふっふ。それはもう少し内緒にしておこう。夢は口にすると叶いにくいっていうしな。でも! 俺は絶対に夢を叶える!」

 そう。ポケモンリーグの四天王になるという夢。その地方のトップ5に入る実力を持つトレーナーになるという夢。あと少し、手を伸ばせば届くような位置に、俺は来ている、と思う。
 そりゃ、不安になるときだってある。弱音を吐きたいときだってある。でも俺には、応援してくれる家族や友達、何より同じ夢に向かって頑張る仲間がいる。
 だから絶対に諦めないし、夢を叶えるのだという確固たる自信が沸いてくるのだ。

「……眩しいなぁ」
「ん?」
「ううん。何でもない」

 エイルは笑って、何かを誤魔化すように酒を飲んだ。
一缶、二缶、三缶。缶が空になるたびに、夜空の色がエイルの瞳の色に近付いていった。



2019.8.6


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