1-5.夢見る未来


 公共のバトルドームを出ると、生ぬるい夜風が通りすぎた。それでも、汗ばんだ体には心地好い風だった。隣を歩くゴウカザルも気持ち良さそうに目を細めて背伸びをした。
 今日のバイトは、このバトルドームで開催されたポケモンバトルの審判だった。参加費無料。レベル制限なしで誰でも参加出来、参加者の中でレベルごとに対戦相手が決められる。バトルに勝ったからといって何かもらえるわけではないが、対戦欲を満たすために様々なポケモントレーナーが集まるので、高みを目指すトレーナー達には人気のイベントだった。
 もちろん、審判としてではなくトレーナーとして俺もバトルに参加させてもらったことは言うまでもない。俺がやってるバイトはだいたいそういう仕事が多い。金がもらえる上にポケモンバトルのことも勉強出来る。まさに一石二鳥だ。

「お疲れ! 今日のバトルはなかなか勉強になったな! 俺達も水や地面タイプに対抗する手段を考えないといけないよな」
「ガルガルッ」
「あ! そうだ、ゴウカザル。寄り道して良いか?」
「ギャウ?」
「ふっふっふ。知っての通り、俺は先日二十歳になった。そして、今日のバイトは日当手渡しということで財布が潤っている。と、いうことで!バーでの酒デビューをしてみたいと思う!」

 正直、二十歳になる前もこっそりデンジと宅飲みしていたことはあった。しかし、もうこそこそすることなく堂々と店で酒が飲める年齢になったので、まだ誕生日を迎えていないデンジを置いて、一足先に大人になることにしようというわけだ。
 とはいえ、最初から一人で知らない店に飲みに行く勇気はなかったので、ここはいつものマスターがいる店に行くことにした。昼は喫茶店、夜はバー。あの店は二つの顔を持っているのだ。
期待と少しの緊張に胸を膨らませ、店のドアを開ける。昼間とは違う薄暗い証明とムーディーなBGM。テーブルなどの配置も少し変わっているようだった。
 一人なのでカウンターへと向かう。グラスを磨いていたマスターが俺に気付き、声をかけてくれた。

「ん? オーバか」
「よ! マスター! へぇ、夜はだいぶ雰囲気が変わるんだな」
「まあな。夜は酒を出すし、メニューもつまみになるものが多いからな。お前がこの時間に来るのは初めてだな」
「へっへっへ。二十歳になったから堂々と酒が飲めると思ってさ!」
「それはいいが、一人で来るとは思わなかったぞ。デンジやレインは誘わなかったのか?」
「デンジはまだ誕生日来てないからな。デンジが二十歳になったら三人揃って来ようと思う!」
「なるほどな」
「マスター! とりあえず生で! ゴウカザルにはサイコソーダをくれよ」
「はいよ」

 マスターはまず冷蔵庫から冷えたグラスを取り出し、氷を入れてゴウカザルの前に置いた。そして、ラムネにも似た青いガラスのビンを栓抜きで開け、グラスへと注いでいく。しゅわしゅわと立ち上る泡は、見てるだけで爽快感を味わえるようだった。
 ゴウカザルが美味そうにサイコソーダを飲んでいるところを眺めていると、俺の目の前にも生ビールがコトリと置かれた。マスターのサービスだろうか。頼んでいないミックスナッツも出てきたから有り難い。
 ジョッキに口つけ、半分ほど一気に飲み干した。うん。やっぱり、スーパーやコンビニで買う安い発泡酒とは違うな。

「くーっ! バーで飲む酒は美味いなぁ! 缶ビールとはやっぱ違うよな!」
「ん? その発言だと今までも……」
「あ! しーっ! マスターしーっ!」
「はっはっは! お前のほうが声がでかいぞ」

 そうだった。昼間とは違うのだし、尚更声量には気を付けないとマスターにも迷惑かけるな。
 バイトで疲れていたところの空きっ腹へとアルコールを入れたせいか、一気に酔いが回ったような気がする。ふわふわする思考。いつもに増して、饒舌になってしまう。

「なんかさぁ、デンジはジムリーダーになって、レインは自分が育ったところに恩返ししたいからって孤児院で働きだして……二人ともきちんとやりたいことを叶えてるんだよな。いいなーっと思ってさ」
「オーバだってあと少しじゃねぇか。オーバの『夢』はいつか話していたあれだろ?」

 俺の夢。それは。

「そうだよ。四天王になりたい……それが俺の夢だ」
「募集は?」
「ん。近々一人が引退するらしいっていう噂があるから、募集がかけられるとは思うし、そうなったらもちろん応募するつもりだけどよ……合格するかどうか……ううっ、胃が痛いぜ……」
「お前は意外と繊細だよな」
「デンジが図太いだけだろ……」

 あいつは確かジムリーダー試験の面接当日に寝坊して、遅刻こそ免れたものの、たいした心の準備もせずに試験を受けたとか言ってたな。それで合格したんだから、あいつの実力と本番の強さには脱帽するしかない。
 四天王なんて、ジムリーダー以上に狭き門だ。それに、一度チャンスを逃したら次はいつ巡ってくるかわからない。それが尚更、俺の胃を締め付けてくる。
 カウンターに突っ伏して唸っていると。

「他にも知ってるよ。お前みたいに悩んでいるやつを」

 独り言のようなマスターの声が聞こえてきて顔を上げる。マスターは何事もなかったようにグラスを磨いていた。俺の気のせいだったのだろうか。
 ふと、隣を見るとゴウカザルが船を漕いでいた。

「ん? ゴウカザル、眠いのか?」
「ガル……」
「今日はバトルもしたもんな! 飲んだらモンスターボールに入ってていいぜ!」
「オーバ。もう少し飲んでいけよ」
「ん?」
「もう少ししたら良いものが見られるからな」
「良いもの?」
「見られる……いや。聴ける、かな」

 マスターの意図はよく分からなかったが、もう一杯くらいは飲んで帰るつもりだったので、何にしようかとメニューに視線を落としていた。すると、薄暗かった照明が落とされ、文字を追うことが出来なくなった。明かりといえば、所々テーブルに置かれたキャンドルライトくらいだった。
 何が始かまるのかとマスターに聞こうとしたところで、バーの一番奥の照明がついた。その照明の下にいる人物を見て、一気に酔いが冷めた。

「……エイル?」

 そこには、数日前に不良達から助けた人物が立っていたのだ。



2019.7.26


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