1-3.真夜中の邂逅


 明日の朝食に使うモーモーミルクを買ってきて。と、母親に家の財布を渡されたのが十分ほど前。ちなみに、時刻は二十二時を過ぎている。別に、おつかいは構わないし、こんな時間に母親や弟を出掛けさせるわけにもいかないから俺でいいのだが、もう少し早めに言ってもらいたい。
 ヘルガーを隣につけて夜道を歩き、コンビニへと辿り着いた。今日は毎月読んでいるポケモン雑誌の発売日だということも思い出し、まずは雑誌コーナーへ。ぶらりと店内を歩くと、新発売の酒を発見したのでそれをカゴヘ。そしてヘルガーがコンビニ限定味のポフィンを見つけたので、家にいるポケモンの数だけカゴに入れる。
 ……うん。母親にレシートを渡したら悲鳴をあげられそうだな。モーモーミルク一本のおつかいのつもりが、これだ。まあ、コンビニってそんなものだよな。余計なものまで買ってしまうよな。仕方ない、仕方ない。レシートはレジのゴミ箱に入れておくことにしよう。

「ヘルガー。いろいろ買ったことは内緒な?」
「ガルッ」
「よーし! 男の約束だぞ!」

 自分を納得させて会計を済ませ、コンビニの外へ出ると、スキンヘッドの男二人が屯していた。夜中のコンビニにでは珍しいことではないので素通りしようとしたが、思わず足を止めた。フードを被った人物がスキンヘッド達に絡まれて、困っている様子だったのだ。
 体型からして、フードの人物は恐らく女性。所謂、ナンパなのだろうと思う。別にナンパが悪いとは思わないが、こんな時間に男二人で、明らかに迷惑そうにしている女性を足止めするなんて、ナギサの民度を下げるようなことは止めてもらいたいものだ。

「よっ! おまえもコンビニに用か?」

 あたかも女性の知り合いかのように声をかけると、スキンヘッドの男達と女性、三人分の視線が注がれた。女性は相変わらず困惑しているようだったが、スキンヘッドの男達は俺の姿を見て多少焦った様子だった。
 俺とデンジは、ナギサでは割と一目置かれている存在なのだ。理由は、主にポケモンバトルの腕だな。この髪型は関係ない。と、思いたい。

「お、オーバさん!?」
「ん? 俺のこと知ってるのか?」
「もちろん! デンジさんと二人合わせてナギサのトップですから!」
「ははっ! ありがとな! で、その子、俺の知り合いなんだけど、いいか?」
「あ、はいすみません!」

 俺のヘルガーが隣でドスを利かせていたこともあって、男達は簡単に引き下がっていった。この程度で引き下がるなんて、ナギサのチンピラも大したことないなと、それはそれで少し残念に思う。
 ふう、とため息をつくと、フードの人物がそれに手をかけた。

「ありがとう」

 聞き覚えのある声だった。思わず目を見開くと、フードの下からこれまた見覚えのある顔が現れた。
 ゆるく巻かれたウェーブの髪と、メガネの下に隠された端正な顔立ち。やっぱり、間違いない。

「え? もしかして、マスターの店で働いてるスタッフの?」
「そうよ。ふふっ。いつも弊店をご利用いただきありがとうございます」
「あ。どういたしまして、って、俺のこと覚えてたのか」
「そりゃあね。きみ達三人組は目立つもの。わたしからしたら、きみがわたしのことを知っていてくれてたことに驚きだわ」
「あー……」

 ばつが悪くて思わず頬を掻いた。美人なスタッフがいるなと思って目で追っていた、とはさすがに言えない。
 話を変えるべく、俺は女性の腰についているモンスターボールを指差した。

「で、でも! 俺が助けるまでもなかったかもな!」
「え?」
「いざとなれば、頼もしいポケモン達が飛び出してきてくれただろ?」

 モンスターボールはどれも小刻みに揺れている。きっと、俺が声をかけるのがあと少し遅れていたら、中からポケモン達が姿を表していたに違いない。
 それに、俺もポケモントレーナーなので、ある程度はわかる。こうして向かい合ってみて、この女性がそこそこの強さを持ったポケモントレーナーである、ということを。

「確かに、この子達は頼りになるけれど……あまりバトルはさせたくないのよね」
「え? なんで?」
「この子達が汚れたり、傷ついたりしたら嫌だなって」

 バトルは嫌いじゃないけどね、と言って、女性は俺のヘルガーと視線を合わせて、喉の下をカリカリと撫でた。ヘルガーは目を細めてうっとりしている。
 不思議な人だ。自分は化粧っ毛がなく地味な格好をしているのに、自分のポケモン達に関しては見た目に気を遣うのだろうか。女ってのはよく分からん。

「とにかく、あまりこんな夜中に一人で出歩かないようにしろよ?」
「それを言うなら、きみだって」
「俺は男だからいいんだよ。女の子は危ないだろ?」
「だから、なるべく地味な格好をしてるんだけどな」
「それでも、わかる人には美人だってわかるんだから、ダメなもんはダメだ」
「あら。わたしのこと、そういう風に思ってくれてたの?」

 クスクスと女性が笑う。墓穴を掘る、というのはこのことだ。きっと俺の顔はそこそこ赤くなっているに違いない。今が夜で、お互いの顔が見えにくくて本当によかった。

「オーバ君。今度喫茶店に来たときはお礼をさせてね?」
「え? 俺の名前、言ったっけ?」
「さっきの二人組がそう呼んでいたし、それに……いつも三人で楽しそうに話している声が聞こえてきて、覚えちゃってたの。じゃあ、またね」

 フードを被り直した女性は、コンビニの中へと消えていった。家まで送ろうかと声をかけようとしたが、さすがにそれは気持ち悪がられるだろうと思い、ヘルガーと共に帰路につくことにした。
 名前を聞いておけばよかった。そう思い出したのは、家に帰りついたあとのことだった。



2019.7.19


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