嘘だろう?という呟きは風に掻き消えた。
地面に身体を密着させたまま、顔だけをあげるとそこには冷たい目をした神楽と新八。
あぁ、こいつらは本当に俺を忘れているんだな。
こいつらの中の主人公は銀さんから金さんにシフトチェンジしたのだ。
江戸の町を歩いても虚しさだけがこみ上げた。
いつもならツケを払えだのなんだの言ってくるオヤジも、俺をまるきり無視する。
「いつもうるせえくらい言うくせに」
町ゆく人はこちらを見ない。
ここは本当に江戸だろうか。
ここは本当に俺の居場所だろうか。
嘲笑がこみ上げる。
俺の居場所は完全に金に染まったのだ。
「ねえねえ、万事屋の金さんってかっこいいよねえ」
「いいよねー。あーあ、あれで独身ならな〜」
………ん?
独身なら?
「それってどういう…」
「あ、金さんよ!」
女の声のままに顔を向けると、そこにはさらさらストパーと、
「なんじゃ、金時。そんなにくっ付いて珍しい」
「折角だし嫁でも自慢しようと思ってな」
見慣れた銀色の狐。
それの腰に手を回し、やけに身体が近い。
伊織、と声に出さずに叫ぶ。
きっと名を呼んでも、辛い思いをするだけだ。
「金さん金さん、店においでよ」
「悪ぃな、今日は夫婦水入らずでーー」
「行けば良い」
伊織は至極冷静に言った。
「なんだよどうした伊織」
「今日は疲れた。伊織は先に帰る」
ふああ、と欠伸をひとつ。
あんな態度、知らない。
「あンの馬鹿」
銀色の狐が不用心に一人歩きなど。
小さな背中を追うと、くるりと振り向く伊織。
「お前なあっ」
「誰じゃ」
勿論伊織も俺を忘れていた。
なにを期待していたのか。
「…なんでもねーよ。じゃあな」
「待て」
がっちりと腕を掴まれた。
「伊織と茶でもせんだろうか」
「お前の髪も銀色、伊織も銀色。お揃いじゃなあ」
くるくるくると紅茶をかき混ぜる狐。
俺の目の前にはパフェ。
「おいおいいいのか、人妻が他の男と茶して」
「いいんじゃよ」
そう軽々と答えた伊織にはらがたつ。
まさかこいつ、こうやって色んな奴とつるんでるのだろうか。
「お前、」
「あれは伊織が慕った男ではないから」
紅茶をかき混ぜる音が止んだ。
「どういう、」
「伊織の慕った男はな、あんなカッコ良くはなかったんじゃよ」
どういう意味だそれは、と言いたくなったが押し黙った。
伊織はまた紅茶をかき混ぜだした。
「その男はな、伊織が手を握ろうとしても避けるような奴で、全く捕まらない」
ふわりふわりと、伊織の手が言葉に合わせて浮いている。
「何回やっても何回やっても避けられてしまい、握れやしない」
まだふわふわ浮いている。
「でもな、」
ぴたり、と手が止まる。
まるで女みたいな手だな、と思う。
白くて細くて、握ったら潰れてしまいそうで、
握るのにとても勇気がいるような手で、
「伊織が諦めて手を引っ込めるとな、自分から引っつかんで握るような奴だったな」
にっこりと、狐が笑った。
「ちょうど、貴様のようにぶっきらぼうにな」
気付けば伊織の手を握っていた。
白くて、細くて、握ったら呆気なく潰れてしまいそうで。
「…伊織、」
「今までどこにおった。そんなんだから伊織の旦那に相応しくないとか言われるのじゃ。馬鹿じゃなあ。銀時は」
困ったように笑う狐が、酷く愛しく思えた。
end
アニメ再開金魂記念。
さくっと終わらせましたが、要望があれば続きでも。
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