「…浮気」
「浮気?」
どうやらこの狐、またとんでもない言葉を覚えたようだ。
土方は新聞をめくり、部屋に寝転がる狐を見た。
「お前どこでそんなこと覚えた」
「吉原で」
「吉原だァ?…お前女に興味あったのか」
「いや、銀時の友達がおるんじゃ」
狐こと伊織はゆらゆらと尾を揺らし、なにやら本を読んでいる。
時に伊織は真選組を訪れ、土方たちに言葉を教わっていた。
「でもなあ、その友人と銀時が随分仲良くてな。こう、もやもやするというか、ちくちくするというか」
「ああ、」
「銀時はその雌の胸やら尻やら触るし」
「そりゃ随分重傷だな」
「あんまりいい気分ではないな」
そう言いながら伊織はぱたんと本を閉じる。
どうやらその本は自分がトッシーだった名残の美少女漫画だったようだ。
「……決めた」
「あン?」
「伊織も雌になろう」
土方は瞳孔の開いた目を更に剥いた。
この狐、またなにを。
一応、将軍家との密接な付き合いがある彼の稲荷神の筋にあたる天人であるうえ、この伊織に関しては更に丁重に扱わねばならないわけもある。
希少種である銀色の雄狐。
ただでさえ数少ない金狐の中で何百に1人の割合で生まれる。
それを一目みるならまだしも、会話して部屋に乱入されるなどと。
しかもこの狐は江戸でも評判の甲斐性なしの男にかなりのべた惚れである。
土方は煙草の灰を捨てる。
そんな希少種に大変申し訳ない、が、言わせてもらおう。
「気が触れたか馬鹿狐」
「む、心外じゃ」
「お前が女になったら、」
何の価値もなくなる。
そう言いたいのは山々だが、言えるだろうか。
俺はこの狐を価値で見ているのか。
「十四郎、どうした」
「いや」
顔を背けると伊織はふっと微笑んだ。
「安心しろ!ちょっと作法を学ぶだけだ」
「作法…?」
「伊織も華やかな着物が着たい」
「なんじゃ急に」
月詠が煙管を唇から離した。
この伊織という天人のことは銀時からきいていた。
なにやら大変珍しい狐らしい。
「あれじゃ、あれ。花魁道中たるものを」
「貴様がか?」
「そうだ。伊織も華やかな着物を着て花魁道中をやればきっと銀時も惹かれる」
「ぎ、銀時、?」
不意に出て来た言葉に反応すると、伊織は日輪に声をかけていた。
「日輪、伊織にも着れるやつ!朱、朱がいい」
「はいはい」
ぱたぱたと尾を振る伊織に、日輪は笑って答えた。
「日輪、」
「いいじゃないの月詠、ちょっとくらい体験させてあげれば」
にこにこと答える日輪に月詠は眉を寄せた。
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