「伊織じゃ、な…」
「伊織!名前も一緒だ」
「……貴様は?」
「長谷川泰三ってんだが…万事屋が探してたぜ」
「………銀時が、か?」
「いや、餓鬼二人だけだけど」

そう言った途端、伊織はぷいと顔を背けた。

「人違いじゃな」
「いや、今銀さんの名前出したしそんなわけないだろ」
「人違いなんだ。万事屋?知らんな、縁がない」
「でも」
「泰三と言ったな、今晩宿を取りたいんたが良い場所は知らんか?」
「はあ?」

突然の切り出しに長谷川が眉を寄せると、伊織はにっこり笑う。

「見たところ衣食住に恵まれておらんようだが…伊織とこればその全て今晩限り満たしてやろうじゃないか」

狐にとって、誘惑はお手の物。
いくら一部の知識が欠落している伊織でさえ、甘い言葉の効果はわかる。



「本当にルームサービス頼んでいいのか?」
「好きなものを頼め。ここまで案内してくれた礼だ」

長谷川にそう告げて、伊織はホテルの窓辺に座る。
故郷へ行く便はずっと先。「伊織さん」
「……?」
「なんで喧嘩したんだよ」

道中長谷川の女房の話や仕事の愚痴を聞かされ、ついうっかり自分の話をしてしまった。
伊織は耳を垂らす。

「…国で母上から頂いた扇にラーメンをかけられたのだ」
「ラーメン…」
「一度謝って貰えば良かったんだが意固地になってしまった」

はあ、とため息を吐く。

「しょうもない話じゃ。忘れよう」
「おいおい、人がせっかく迎えにきたのにしょうもない話ってなんだよ」

部屋に響く聞き慣れた声に振り向くと、銀髪が気怠そうに立っている。

「……何用だ」
「迎えに来たって言ったろうが」

きっと長谷川を見るとどうやら電話をしたらしい。
苦笑している。

「来た意味がないだろうが!」
「だって見付けたら絶対教えろってあの激辛チャイナ娘が」
「むぅう」

長谷川を睨むと腕が掴まれる。

「帰るぞ馬鹿」
「ば、馬鹿じゃない!」
「はいはい」

ずるずると引き摺ると、次第に伊織が歩き出す。

「悪かったって言ったろうが」
「知っておる。…伊織も、意固地を張り、その、悪かった」

尾を引き摺りそうなくらいに下げる。
すると銀時は少し笑う。

「お前その意固地、直した方がいいな」
「…その、伊織は怪我という物をほとんどしたことがなく、余り“痛み”を知らんのだが」

伊織の足が止まる。
怪我をしたことがないのは、伊織がなによりも大切に扱われていたからだろう。
すっと胸に手をあてる。

「銀時と離れとる間は、胸の辺りが痛くて溜まらんかった」
「……俺も同じようなもんだ」

そう答えると伊織は歩み出し、引っ張られていた手首を振り払い手を握ってきた。



「帰ったぞ」
「お帰りアル!伊織!」
「心配しましたよ」
「む。すまなかった」

そう返すと、銀時は机に置いてあった紙袋を渡す。

「なんだ」
「いいから」

不思議に思いつつも開けると出てきたのは桜色。

「………扇じゃ」
「母上から貰ったとかいうやつにはかなわねー安物だろうがな」

確かに母から貰ったものは漆塗りの一級品。
手のひらに乗る、木の感触そのままな扇には程遠い、が。

「銀時」
「あ?」
「撤回じゃ、撤回」
「なにを」
「大嫌いを撤回する」

ソファに身体を沈める銀時を振り返り、伊織は勢いよく飛び込んだ。

「やっぱり嫁入りする!」
「いや、それはそれ…」
「心から慕っておるぞ、銀時!」
「……」


そんな呟きは耳をすり抜けた。





title:確かに恋だった


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