*黄瀬君視点です




オレが帝光バスケ部に入って数ヶ月、一軍へと上がるまでにそう時間は要らなかった。一軍に上がって練習はぐっとキツくけれど、もちろん自分が高まっていることを実感することもできた。そんで、一軍に上がってからオレに教育係がついた。名前は黒子テツヤと言い、モデルのオレと並べば比べ物にならない存在感の皆無さの持ち主で、バスケの腕は下の上と言ったところ。一軍というのは選ばれた人間のみが集う場所だと思っている、実際問題その通りなのに、明らかにオレより下の奴が一軍に居ることが謎で仕方なかった。
けれどオレは初めての試合で本当の黒子テツヤを知ることになる。的確なパス回し、存在感を利用したその動きは見惚れるほど無駄がなく、感嘆の声さえも出なかった。そしてオレはその日から黒子っちに心を奪われ、恋われていたのだ。黒子っちは、帝光バスケ部に絶対不可欠な力を持ってる、オレみたいにただ模写しかできないやつとは違って、本当にある一点すごい選手っス!

それともう一つ、一軍に上がってから知ったことがある。それは帝光バスケ部を統べる者である、キャプテンの赤司征十郎の絶対王政。これは決して大げさな言葉ではなく、本当にキャプテンの言うことは絶対だった。チームを絶対的に勝利へ導き、彼が黒と言えば白も黒になる。言うなれば全てを覆す男と言ったところかもしれない。あの紫っちでさえ赤司っちの言うことは聞くし、オレが少しだけ意見しようとした時、緑間っちは顔を真っ青にしてオレを止めた。赤司っちはそれくらいすごい人だということだ。
そしてオレはある違和感に気付く。それは赤司っちが黒子っちに異様なほどに執着しているということだった。他のメンバーもそうだけれど、黒子っちは一際赤司っちと二人きりになることが多かった。なぜだろう、それははじめはただの好奇心でしかなかった。けれどオレは知ってしまった。いま、そう、たった今。


「あか……っ、し、くん……!」
「テツヤ………」


なんで部室でこんなことが起きてるのか、オレには程々理解し得なかった。なにこれ、え、黒子っちは赤司っちとなにしてるっスか?忘れ物を取りに部室の入口に差し掛かったその瞬間、そんな声が聞こえた。まさかこれがいわゆる密会というものだろうか、なんて中学男子特有のおかしな考えが頭を横切るも、確かめる他ないだろうという好奇心に煽られ、少しだけドアの隙間から中を覗く。


「だめですっ………ここ、部室です……」
「じゃあ僕の家ならいいの?」
「っ……、赤司君は、意地悪です…」


片思い終了のお知らせ。そんな短い言葉が頭の中に鳴り響いた。なんでよりによって赤司っちなんスか、なんてことを考える余地はなかった。ドアの隙間から目を逸らすと、その瞬間に走って逃げだした。中に走る音が聞こえそう、なんてことを考えることもできなかった。それくらい頭がどうかしてて、とにかく慌ててて、赤司っちと黒子っちがそんな関係だなんて知りたくなかった。みんなはこれを知っているのだろうか、それともオレだけが知ってしまったことなんだろうか。


「なんで、なんで………?」


ようやく頭が落ち着いて、ヒューヒューというおかしな呼吸の音はなくなった。目を瞑ると思いだすのは、赤司っちの笑顔と黒子っちの恥ずかしそうな顔だけ。あの二人は神聖な部室で、よりによってキスなんかをしていた。や、もしかしてオレにも彼女がいたら部室でそんなことをしちゃったりしたかもしれない。だけど今のオレは、やっぱり赤司っちがうらやましくて、だからこんな真面目ぶっている言葉を述べているだけだということを否定する気もない。
赤司っちが、黒子っちにあれほど執着していたのは、ああいうことなんだと気付く。一つ一つの意味のわからなかった行動が繋がっていき、最終的に辿り着く結論は、あの二人が恋人同士だということだ。だから赤司っちは必要以上にチームのみんなが黒子っちにひっつくことを禁止してたし、しようものなら実力行使でどうこうされるところだ。だからオレもせいぜい肩に触れるくらいなのに、さっきの赤司っちは、黒子っちのドコ、触ってたっスか。なんかもう、赤司っちも中学男子なんスねしか言えない。
黒子っちの白い肌に触れられるのも、脆そうな肢体に触れることができるのも、この世でたった一人、赤司っちだけなんだと思う。羨ましいこの上ないけれど、それはきっと変わることのない真実。認めなくちゃならないこと。


「黒子っち……幸せそうだったな………」


あんな顔の黒子っちを見たのは初めてだった。夕暮れ色に染まっていく空を見つめながら、やっぱりさっきの二人が脳裏に焼き付いて離れない。ああもう、なんで部室であんなことするんスか、盛るのも大概にしてほしいっスね。これだから男ってのは、本能に忠実で、なんかもう──


「涼太」
「………っ、あ、赤司っち!?」


寝っ転がっていた芝生から身体を起こす。つい数十分前まで黒子っちをやらしいことをしていた赤司っちが、なぜかオレの目の前で頬笑んでいた。だけどその笑顔はさっき黒子っちに見せていたものとは違って、どこか、おどろおどろしいものを感じで、ぎゅっと芝生を握り締める。


「どうしたんスか………?」
「いや?ただ姿が見えたから声を掛けただけだ」


わざとらしい笑顔がなんだか無性に腹立たしかった。もしかするとさっきの足音が聞こえていて、オレがアレを見たことに気がついているのかもしれない。なら丁度いいや、赤司っちと黒子っちのこと、学校中にばらまいてやればいい。そしたら二人ももうあんなことしないだろうし、黒子っちがオレのこと見てくれないなら、どうなったって構わない。


「そうだな……涼太は弱いから、心配は要らないと思うんだが」
「………?」
「お前とテツヤはバスケ以外で共通点なんてない。くれぐれもテツヤがバスケ部にいられなくなるようなことはしないんだな」


それだけ言うと、赤司っちはじゃあと声をかけて歩いて行ってしまった。なんだよ、その言い方。自分は黒子っちと関係があるからずっと一緒に居られるって言いたいわけ?オレは確かにバスケ以外で、黒子っちのことをあんまり知らないけど、でも、もう黒子っちなんてどうだっていい、のに。


「神様のばかやろう……っ……!」


なんだってオレがこんな不毛な片思いをしなくちゃならないんだ、そう涙目になって思った。やっぱりオレは黒子っちのことが好きで、でも、絶対に報われることのない恋で、いっそ黒子っちの不幸を願うことができればなんて思うけど、やっぱり無理だった。
ねえ神様、こんなにろくでもない恋なのに、オレはこれを片思いと思わなきゃならないの?






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