赤司君と付き合い始めたのは、つい数ヶ月前のことだ。断るわけがないよねという、自信に満ち溢れている赤司君の告白を断れるわけもなく、かと言ってボクは赤司君のことが嫌いなわけじゃなかった。むしろ好きな方だったからこそ、付き合えることが嬉しくて、はいと頬笑んで返事を返した。
本ばかりの知識だけど、男女の付き合いと、ボクと赤司君の付き合いは似たり寄ったりなものだった。所詮は異性であれ同性であれ、恋というものはあまり変わらないのだということを知り、周りには関係を隠した、倒錯的な交際が始まったのだ。普段は変わらず接し、もちろん練習の時も今までと変化がないよう接していた。周りは夢にも思わなかっただろう、ボクと赤司君が付き合っているだなんて。でも冷静に考えた今、周りに少しだけそれとなく思わせるような付き合いをしていた方がよかったのかな、なんて思ってしまう。
ボクは自分が今という瞬間を生きている自信がなかった。影の薄さもあれば、自分の存在の下賎さを知っていたから。ボクが気付いていないだけで、実は死んでいるんじゃないだろうかと考えたこともあった。だけど生きるのを辛いと感じたことはなくて、ただただ日々に生かされている、そんなことしか思えなかったのだ。けれど赤司君がいたから、ボクは存在していなきゃならないと思えた。ボクと必要としてくれる人がいて、ボク自身も赤司君と一緒に居たくて、その時初めて、恋は盲目、その言葉を知らされることとなった。例え存在している証がなかったとしても、ボクはそれでも、赤司君と一緒に居たいから。


「幸せって、怖いですね」


いつだって人の心は飛躍しやすい。その言葉の通りに、ボクは今までも会話とは関連性もない、突拍子もなくそんなことを赤司君に言っていた。隣を歩く赤司君は驚いた顔をしていて、それでもボクは気にしないで続けていた。本当に、あの時ボクは何を考えていたんだろう。今冷静に考えると、ものすごく恥ずかしくなってくる。


「ボクは影が薄いから、今自分が存在している自信がないんです」
「だから赤司君と一緒に居ても、少し、不安で」


多分、一緒だからこそ不安になってしまうんだろうと思う。だけどそんなことを言ってしまえば元も子もないから、その言葉は呑み込んだ。ボクと赤司君は付き合っているけれど、赤司君はもっとずっと遠い存在に感じられて、それが不安で、怖かった。自分が赤司君と近づけば近づくほど、その幸せを失うことが怖くて、自分が消えてしまう、そんな『いつか』を思うと怖くて仕方なかった。
思いの内を全て話し、ごめんなさいとボクは赤司君に笑った。こんな話をしても仕方ないのに、そんな思いがふと浮き上がり、自分勝手にも、逃げてしまいたいと思った。


「───テツヤ」


名前を呼ばれ、少しばかり彼の方が高い身長分を縮めようと、顔をあげる。その瞬間、真っ暗な周りに、乾いた音が響き渡った。一瞬何が起こったのかわからなかったけれど、頬を叩かれたのだと、鈍い痛みののちに気付く。甘い赤司君の声とは裏腹に行われたその行為に何の意味があるのか分からず、じんじんと痛む頬を押さえながら、赤司君を見る。すると彼は、ゆっくりと、ボクに笑顔を見せてくれた。


「痛い?」
「………はい、すごく」


不気味なほどの笑顔を浮かべている赤司君は、今まで見たこともない様な顔をしていた。それを少し恐ろしく思う反面、どこか悦んでいる自分がいることが不思議で仕方なかった。


「なら、その痛みがテツヤが今生きている証拠だ」


安心できた?なんて笑う赤司君を見て、ボクは、静かに息を飲んだ。世界で一番愛しい人がボクにしてくれる行為は、ボクがこの世に生かされているという確証をくれるモノ。赤司君の隣に自分が生きている証拠。それは、今まで生をまともに感じたことのないボクにとって、嬉しいなんてものじゃなかった。おかしいなんてことはわかっている。不道理すぎるということもわかっている。だけど、ボクは、頬に鈍い痛みが走る瞬間が幸せで仕方なかったのだ。
ボクがどんな表情をしていたかは分からない。嬉しそうな顔をしていたかもしれないし、痛みに歪んでいたかもしれない。だけど赤司君は優しく頬笑むと、ボクにキスをしてくれた。頬を撫でながらする、優しいキスを。






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