赤色は、人を高揚させる効果を持っているという。精神的にも感情が熱く高ぶっている様子を示すと、そう書いてあった。──全くもってその通りだと、僕は思った。彼という存在はいつもおどろおどろしく、高揚させるどころではないような気がしてならない。こんな僕が赤で一番最初に連想させるものは、人間の生命の色、生きている証である、血。
僕がこの世で一番嫌いなものだ。


「今日の試合もお疲れ様、テツヤ」
「赤司君」


今日は試合があった。とは言え正当な試合ではなく、愚かにも向こうから挑んできた練習試合。初めは面白がっていた面々だったけれど、力の差は圧倒的なもので、僕がパスを回す必要もなく、みんなが自分でボールを取りに行っていた。結果は帝光の完封勝利、余裕のスリーポイントだった。そして僕はそのスリーポイントに一点も加算することもなく、ただただパスを繰り返していた。目の前であんなにすごいシュートを決められては、僕だってする気にもならない。それにチームは、僕のシュートを、求めていない。


「ところでテツヤ、今日の試合、どう思った?」
「え……っと、向こうから挑んできた割には、そこまででもなかったかなと思います」
「そうじゃない」


誰も居ない部室に、どん、という音が響く。背中にはロッカーがあって、本能で逃げ出そうとするもそれはできなかった。すぐ目の前に赤司君の顔があって、スーっと血の気が去っていく。そんな僕を知ってか否か、赤司君は底意地わるそうに笑い、言った。シュートをしたいと思ったか、と。そんな言葉を聞いた瞬間、断片的に思い出される少し前の記憶。痛みと、失望と、屈服の記憶。どくんどくんと心臓が音を立てる。それまで気にも留めていなかったけれど、部室はこんなにも静かで暗いところだっただろうか。


『僕も、みんなみたいなシュートができたらいいなと、思います』


単なる憧れだった。自分も帝光バスケ部の一員として、チームに貢献がしたかった。パスという手段ではなく、点数として現れる、シュートという手段で。でも所詮僕は影で、それを、改めて思い知らされたというだけのこと。


『テツヤ』
『何を言ってるんだ?』


赤く光る赤司君の目を、あれほど恐ろしく感じた日はなかった。違うんです、待ってください、そんな僕の見苦しい言葉を聞きもしない赤司君は、何処からか取り出したかもわからないハサミを持っていた。そしてそのハサミが、ゆっくり、軽く、皮膚へと食い込んでいく。一瞬電流が走るような痛みののち、鈍い痛みが指へと広がっていく。そして赤司君はハサミを僕の手から離すと、笑っていた。お前のパスは必ずしも必要なものだと、お前の存在はなくてはならないものだと。物申し訳なさそうな顔色はどこにも見えない。ただ彼は、当然のことをしただけだと言わんばかりの顔をしていた。そして僕は、赤司君が何を言いたいのかと悟り、ただ静かに流れる血を感じながら、息を飲むことしかできなかった。


『それでも、シュートがしたいか?』


「……………思い、ません」


震える声と共に、焦げるような痛みが指に走る。赤司君は満足そうに頬笑むと、そうだなと言った。まるで麻薬のように、彼の声と、それから彼が僕に与えた制裁の痛みが淡々と続く。赤司征十郎という人間は、本当に恐ろしい。僕は赤色を見るたび彼を思い出し、痛感し、それでもそれを救いだと自分に言い聞かせる。愚行を望んだ僕と言う小さな存在を、救ってくれた人物なのだと。


「さあテツヤ、帰ろうか。疲れただろう?」
「はい」


手を差し伸べてくれる赤司君は、フィールドでプレーをしている赤司君とは違っていた。そしてあの日の赤司君とも違って、優しい、なんて、これは少し失礼なことだろうか。僕は赤色が嫌いだ。だけど、赤色を見るたびに自分という存在の小ささを感じることができる。赤は彼の、赤司君の色だから。怖いと思うし、見たくないと思うこともある。それでも彼が僕の光なのだというのだから、僕の世界は、そうでならなくてはいけないのだから。



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