『黒子っちは、目を離したらすぐ居なくなっちゃいそうっスね』
『だったらいっそ、僕に手錠でもしたらどうですか?』
『そんな!とんでもないっスよ!』


慈しむように、壊れ物でも扱うかのように、黄瀬君は僕の手をとって目を細めて笑った。もちろん冗談で僕も言ったつもりだった。だからこそ彼の優しさが嬉しくて、なんだか少し恥ずかしくて、そうですかと笑い返すことしかできなかった。




現に初めて出会った頃は、よく黄瀬君が後ろに居る僕のことを探していることも多々あった。涙目になりながら、寂しそうに僕の名前を呼ぶ彼の姿がなんだか面白くて、彼の声が心地よくて、少し意地悪してしまったこともあった。けれど僕も彼も別々の高校に進んで、曖昧ではあったけれど、恋人同士という関係に少しばかり亀裂が入るものだと、そう僕は思っていた。けれどそんなことは全くなくて、寧ろ僕に会う度黄瀬君は嬉しそうな顔をしている。僕も会うことは嬉しい。けれど火神君たちにこの関係を隠している以上、ばれるなんてもってのほか。僕と黄瀬君の必要以上の関係を悟られずに会うのは少しだけ大変だった。でも恋愛は障害が多いほうがなんとか、僕がよく読む文学小説にもあるものだ。まさか自分がその立場に侵されるとは思いもしなかったけど、悪くもないと思っている。


「黒子っち、聞いてるんスか?」
「あ、はい」


ついボーっとそんなことを考え込んでいると、黄瀬君が頬を膨らませてむくれていた。そんなふうにわかりやすく怒ることもないのにと、そんな稚拙なところも好きなんだけれど。だけどこうしてみると、雑誌の中でメイクをバッチリしてかっこよくキメている黄瀬君が今ここにいる黄瀬君を同じ人物とは思えなくなってくる。失礼な話だけど、今の黄瀬君はお世辞にもかっこいいとは言えない。どちらかといえばかわいいというか、弄り甲斐があるというか、そんなことを言うとまた不貞腐れてしまうからなにも言わないけれど。


「ちゃんと聞いてます、大丈夫ですよ」
「返事くらいしてくれないと隣に居るのかすら不安になるんスからね!」


そんなことを言いながら怒る黄瀬君を見て、そして辺りを見回した。批点的暗くなってから僕らは会うことが多い。これだけだとまるで僕と黄瀬君が密通に身を投じているような気がするけれど、まだ僕らはそこまでいってはいない。震える手を肩に置かれ、最後にキスをしたのはいつだっただろうかとふと思い出す。こんなふうにしか思い出せないということは、結構前だったのだろうか。黄瀬君は僕に遠慮をして、色んな事を我慢しているようだった。家に行くこともあったけど、首元に痕を付けるだけで黄瀬君は笑っていた。大丈夫、これ以上はしないっスから、そう笑うのだ。
それは僕が前にキス以上の、ことをしようとした時のこと。慣れない感覚とまだ見ぬ恐怖感に僕が泣いてしまった。そして黄瀬君はそれからというもの遠慮をして、僕を本当に大切に扱ってくれていた。自分が泣いたのがわるいというのは分かっているけれど、少しくらい無理強いしたって構わないのにと思うこともあった。黄瀬君が我慢をするときは、決まってはにかみ笑いを浮かべる。


「黄瀬君」


ぎゅ、と手を握ってみせる。五月半ばとは言え、やっぱり夜は寒い。久々に触ったような気がする黄瀬君の手は僕と同じで、少しだけ熱を持っていた。


「く、く、黒子っち!?」
「………隣に居るかすら不安、と言ったのは黄瀬君ですよ」


少しばかり言い方がきつくなってしまっただろうか、そんな僕の不安とは裏腹に、黄瀬君は嬉しそうに笑って、屈んで僕にキスをした。最初は何が起きたのかわからなくて呆気に取られていたけれど、すぐに恥ずかしくなって顔を隠す。ああもう、黄瀬君はすぐ調子に乗るから嫌なんだ。横目でちらりと黄瀬君を見ると、そこには久々に満点の笑顔を浮かべている黄瀬君がいた。いつものはにかみ笑いじゃなくて、もっと違う、付き合い始めたころによく見せてくれていた笑顔。


「これで黒子っちがいるのがわかって、安心できるっスね!」


ぎゅっと強く握り返す黄瀬君の横顔は、悔しいことにかっこよかった。黄瀬君は本当にずるい、そう思い、自分だけ顔を赤くしていることも恥ずかしくなって、黄瀬君と名前を呼んだ。僕と目線を合わせるために少しだけ屈んだ黄瀬君に背伸びをして、キスをするために。




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