01 紅藍の閃光


 あくる日の、朝。
 義勇はスズメの鳴くヂヂヂヂヂという声で目を覚ました。そして、ベッドの隣にパタパタと手を乗せ、飛び起き辺りをきょろきょろと見渡す。
「宇髄……?」
 ベッドの上には義勇の他、誰の姿も無く部屋の中は静寂に包まれている。
 宇髄がいない。義勇は慌てて部屋のあちこちを見て回るが、宇髄はどこにもいなかった。まるで、昨日の出来事が嘘のように感じる。宇髄としたアレコレも、なにもかもが無かったかのように思える。そうしたところで、義勇はふと気づき服を捲ってへその隣を確かめるとそこには鬱血痕があり、確かに宇髄がここにいた証拠といえるそれを、そっと撫でた。
 痛くもなにも無いが、昨日、宇髄がここに吸いついたのだ。何度もキスをした。宇髄の手が身体を這った。抱きしめたし、幾度も抱きしめられた。
 思わずその場にペタンと座り込んでしまい、未だ着ていたパーカーの前を掻き合わせる。
 身体が熱いと思う。この身体は昨夜散々、宇髄にいじられ感じてしまっている。その感覚を、今でも覚えている。恥ずかしくて、気持ちよかったあれはなんだったのだろう。
 義勇は徐に玄関へと行き、ショップの袋の一つを開けてみる。その中の一枚に、黒いベストが入っていて思わず抱きしめてしまっていた。
 昨日は、本当に楽しい一日だった。夢のようで、しかし夢ではない。だが、宇髄は消えてしまった。置き手紙も無い。
 てっきり朝までいるのだと思っていた。もし宇髄がいたら、きっともっと幸せな気分が味わえただろう。昨夜の屈託のない無邪気な笑顔を思い出す。あの顔がもう一度見たい。
 その考えを振り切るよう、義勇は服をその場に置いて立ち上がり、給湯スイッチを押して着ていた服を脱ぎ始める。昨日はやたらと汗をかいてしまったので、身体が若干、気持ち悪いのだ。そして、宇髄のにおいも消したかった。
 きっと、宇髄は興味を無くしてしまったのだろう。朝を共にできないほど、義勇に対し昨日起こしたアクションで事足りてしまったのだ。義勇という男相手にあんなことをしてしまい、悔いているのだ。なにも言わず家から出る辺り、相当後悔しているのだろう。悪いことをしてしまった。目の前に義勇がいて、誰か他の女と間違えてしまったのかもしれない。義勇の髪は長いし、もしかしたら長髪の女性と間違えた可能性もある。
 バスルームへと入り、コックを捻って熱い湯を頭から浴びる。
 何故かじんわりと涙が滲んでくる。その涙がどんな意味を持つのか、義勇には分からず、ただただシャワーの湯に混じり、大量の涙を流し、汗も流して皮膚に付着した宇髄の唾液も流してバスルームを出る。
 少し落ち着いた義勇は、腰にバスタオルを巻いただけの姿でキッチンへと行き、グラスに冷たい水を汲んで一気に飲み下す。
 そして、時計を見ると時刻は出勤するにはまだ早い時間で、冷蔵庫を開けると二つの解凍された冷凍ごはんの包みが目に入った。
 その一つを手に取り、ぎゅっと握る。
「無駄に……なってしまったな……」
 思わず床に叩きつけそうになるが、食べ物に罪はない。
 そっとラップの包みを冷蔵庫へ返し、その足はベッドルームへと向かう。
 義勇はじっとベッドを見つめ、そろりと宇髄の寝ていた場所を撫で、だんだんと身体を屈ませてそっとシーツのにおいを嗅ぐと、そこにはかすかだが宇髄のにおいが残っており、ベッドに乗り上げた義勇はシーツに顔を埋めてしきりに鼻を動かす。すると、また涙が滲んでくる。
「宇髄……なんで、どうして……?どうして」
 言葉を慌てて途中で遮った。本心など、声に出したくない。何故勝手に帰ってしまったのか、どうしても聞きたかったが怖くて聞けない。そんな権利など、義勇には無い。そう思ってしまう自分が悲しく、そして部屋に独り残された事実も悲しく、義勇の心に淋しさが伸し掛かる。
 暫くその体勢でいたが、いつまでもそうしているわけにもいかず、ゆっくりと身体を起こして朝食の準備に取り掛かる。
 義勇は解凍されたごはん二つ分、使いたまごも一つでいいところを二つ使い、二人分のたまご雑炊を食した。すべて意地でやったことだ。ごはんも無駄にしたくなかったという理由もあるが、宇髄のためを思って解凍したごはんを自分で食べることで胸の中の空っぽになった空洞を埋めたかった。
 だがその後、雑炊といえどさすがに食べ過ぎたらしく、胃もたれを起こし胃薬を飲んだ後、昨日買ってもらったショップの袋を開け、コーディネートを始めるがどう組み合わせていいのかも分からず、仕方なく何とか見せられるように自分で勘考し、洋服を身に着けて鏡の前に立つ。
 宇髄が買ってくれた、義勇のためだけの洋服。鏡の中の自分は笑んでいて、思わず顔を撫でてしまった。
 しかし、肝心の宇髄はここにはいない。
 淋しいという言葉の本当の意味を、義勇はいま初めて、知った気がした。心にぽっかりと黒い穴が空いたようだ。その穴は、宇髄にしか埋められない。自分の変わった姿を見て、ハッキリとそう思った。そして、穴を開けたのは他ならぬ、宇髄だ。
 義勇は頭を振り、学校へ通う際、使っている鞄の中の整理をした後、大きく息を吸って玄関扉を開けた。
「うっ……眩しっ!」
 思わず手を使って目の前へかざしてしまう。さすがに七月の朝日は強く、そして眩しい。階段を降り、ゆっくりと学校へ向かって歩き出す。
 いつもの義勇は車ではなく自転車通勤だ。だが、肝心の自転車は昨日、宇髄と出かけて学校へと置き去りになっていたため徒歩通勤というわけだ。歩くことはきらいではない。まだまだ時間はあるし、たまにはゆっくりと町を歩くもの楽しいだろう。
 そう思っていたが、義勇の頭を占めるのは他でもない、宇髄のことばかりで、肌を撫でられたことやキスしたこと、へその横につけられた真っ赤な痣のことなど、朝っぱらから考えることでもないことばかりが頭に浮かび、そのたびに顔に血を昇らせる義勇だ。
 紅色の瞳がきれいだった。至近距離で見ると、紅色の中にもいろいろな色が混ざっており、角度によって変わるそれが本当に美しく、思わず思い出してしまっていると信号を一つ、渡り損ねてしまった。
 またしても頭を振り、両手で顔を覆う。熱い。顔全体が異常なほどに熱い。あの唇が悪い。あの手が悪い。宇髄が、悪い。あんなことを仕掛けておいて部屋から消えてしまうだなんて。そして、己も悪い。もっとして欲しいと、何度も思ってしまうだなんて。もっと触れて欲しかったし、口づけたかった。もう二度と、そんな機会はないだろう。それが残念だと、心の底から思える自分にも戸惑う。
 なにを、宇髄に対して思っているのだろう。昨日の出来事で、己の心になにが生まれたのか。
 義勇には、分からなかった。ただ思うのは、朝独りで起きた時の虚しさ。これだけはなにをしても消えないのが不思議で、どうしても許せないということだけだった。

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