04 はじまりの吟


 そして、二人が向かったのは大衆居酒屋で、そこも宇髄が決定を下した。というのも、居酒屋に入った経験は大学のサークル勧誘の時以来で、それからは飲みたくなれば家で手酌で飲んでいたため、どこがいいだとか、どうしたいだとかそういうものが一切ないのだ。
 そこで、宇髄が気軽に入れる大衆居酒屋にしないかと提案し、義勇はそれに頷き、店へ向かった二人は座敷へと上がって向かい合わせで座った。まずはビールを頼み、すぐにでもテーブルの上に置かれたジョッキを、宇髄は強引に義勇のジョッキにガチンと音を立てながら乾杯し後、二人ののどがごぐごぐと大きく動く。
「っはー!ビール美味ぇー!夏場は特に美味ぇ!」
「……そうだな」
「なんだよ、元気ねえな。疲れちまった?」
「いや……疲れたことは疲れたが、何故お前は俺のなにも知らないのにこんなに良くしてくれるのか。気づいたらまた、ただの同僚に戻ってしまうのは少し、淋しいと思ってな」
 そう言ってビールと共に運ばれて来た枝豆に手を伸ばし、一つを口に放り込み咀嚼する。
「お前のことはよく知ってるよ。知ってるっつーか、見てただけだけど。美術室ってさ、一番上の階にあるだろ、校舎の。だから下で誰かがなにをしてるかよく見えるんだよな。お前ってさ、鱗滝さん手伝って校庭の掃き掃除したり、他にも校舎の中とかも生徒にやらせりゃいいことか率先してやったりしてるの、知っててさ。黒板拭きとか机の位置の整頓とか果てはチョークとかも各教室に足したりしてて、最初俺はイイコちゃんぶりやがってと思ってたんだよな。けど、誰もができることじゃない。そりゃ、努力すりゃできるだろうさ。けど、お前のは努力とかそういうんじゃねえんだろ?誰かが助かると思って、行動してる。それで実際、助かってる生徒とか先生とかもいるわけであって、まあ、俺も助かってるし。美術室の窓から見えるお前は、いつもなんだか光ってる、ように見える。優しい光だな。音もきれいだ。そのうち、だんだんとお前の好きなものってなんだろうとか、普段なにを考えてるんだろうとかそういうの、気になりだして……って、ハハッ!語るなってな」
 宇髄は顔を真っ赤に染め、グイッと目の前でビールをのどへと流し込み、照れ笑いをしてみせた。
「俺はそんなに立派な人間じゃない。ただ放っておけないだけの要らぬお節介ばかりやいている、ただのお人よしだ」
「そうかねえ。俺はそんな風には思えねえけど。大体、心のきれいなやつはいつだってそう言って自分のことを貶めてるやつが多い。それのなにが楽しい?誰かの役に立ってんだ。誇らしく思えよ」
「宇髄は、強いな。まあ、自由人とも言うが。でも、少し羨ましい。明るくて、自分の意見をちゃんと言えて、堂々としてて、いつだってきれいで」
「きれい?」
 こくんと義勇は頷いた。
「光っているのは宇髄の方だ。あたたかな、光……とでもいうのか、それに触れるとなんだかほわほわする。だから、今日一日、お前の服を借りていたら時折お前のにおいがして、ずっとほわほわした気がする。おかげで生徒にもスパルタと言われずに済んだ」
「ほわほわ、ねえ……。ふうん」
 目の前の宇髄は冷めた顔になり、つまらなさそうにビールジョッキを傾けている。そして、ジョッキを置いたと思ったらずいっと濃い紫のマニキュアが光る人差し指を義勇に向けた。
「気に入らねえ。ほわほわじゃなくって、ドキドキしろよ。なんだよ、俺はお前といてずっとドキドキしてたのに、お前はほわほわ」
「ほわほわじゃいけないのか。……ドキドキ?ドキドキするって、どこが」
「どこがって……お前ホントに分かんねえの?ドキドキの意味」
「それに意味があることすら分からない。宇髄は俺といるとドキドキするのか。それは、不整脈じゃないのか?病院に行った方がいいぞ」
「だァから!ドキドキってのは」
 宇髄の言葉は途中で遮られる。
 というのも、追加で頼んだビールと共に注文した料理が次々と運ばれて来たのだ。
「ま、まあいいから。食おうぜ。よーっしゃ!」
 テーブルの上には冷やしトマトから始まり、刺身や焼き鳥、串カツの盛り合わせ、揚げ出し豆腐にポテトサラダ。炒飯にモツ煮、その他、小さな小皿がいろいろ。
 それらの料理を前に、義勇は自分の失態を感じていた。人と食事を摂る時、食べながら話さなければならない。しかし、己にそれはできない。
 宇髄は早速、焼き鳥に手を出しているが義勇はビールジョッキを握って宇髄が次々と料理に手を出す様をじっと見ていた。
 すると、宇髄も義勇の様子がおかしなことになっているのを感じ取ったのだろう、食事の手を止めた。
「オマエ、なんで食わねえんだよ。腹、減ってんだろ」
「……いい。減ってない。料理はお前が食えばいい。俺と食うと、不快になる。だから、食べないでおく」
 そこで、宇髄は一度ビールをのどに流し込み、ジョッキを置いて真面目な顔で真正面から義勇を見た。
「不快になるって、誰が。つか、お前は今日何しに来たんだよ。そりゃ、服をみてやるとは言った。けど、その後めしになることくらい分かってたんだろ?俺そう言ったし。だったらなんで食わねえんだよ。俺はお前とめしが食いてえ」
 暫く二人の間に沈黙が落ちる。
 義勇は決心をし、焼き鳥を手に取って頬張った。
「ほへはへひうぃふいはからははしはへきはい」
「はあ?なに言ってんだお前」
 口の中にあった焼き鳥を咀嚼し終わり、のどへと通して腹へと収める。
「俺は、めしを食いながら話ができない。だから、人との食事を避けてる。つまらないだろう、無言でめしを食うのは」
 生真面目にそう言うと、宇髄は一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが、だんだんと笑顔になり、パシッと膝を叩いて笑い始めた。
「オマエって、変なやつ!べつに不快になんて思わねえよ。大体、躾とかってあるだろ。そういうのだと口の中にモノが入っている時に話してはいけないってのが躾だろ?それの延長だと考えりゃ、不快もクソもねえ。地味にお前は変なところで真面目だな。てか、じゃあ分かった。お前の口にモノが入ってる時、話しかけることはしねえよ。それだったら、問題ねえよな」
「それは……そうだしありがたいが、でも……そこまで気を遣わせてまで」
「なに言ってんだ。その不景気なツラやめろ。いいから食えって。俺は気にしねえし、だからお前も気にするな。ホラ」
 手渡される、焼き鳥の串。
「あ、ありがとう……」
 宇髄から手渡された焼き鳥は、なんだか他の焼き鳥よりも美味しく感じた義勇だった。心がじんわりと温かいなにかで満たされてゆく。
 ほわほわすると思う。こんな気持ちは初めてで、自然と顔が笑んでしまう。
「……て、ことはだ。お前がガッコの昼めし時間、ぼっちなのってこれが原因?」
「俺はぼっちじゃない」
「いやいや、ぼっちだろ。どうせ独りで隠れるようにしてめし食ってんだろ?そういうのをぼっちめしって言うんだよ」
「ぼっちじゃない」
 言い張る義勇だ。己だって分かってるのだ。それでも認めたくないものは認めたくない。
「俺はぼっちじゃない」
 最後にもう一押しその言葉を発すると、宇髄は一瞬複雑な表情を見せたものの、軽く笑ってジョッキを傾けビールをのどに流し込んだ。
「分かったわかった。お前はぼっちじゃないな。てかぼっちだけどよ。だったら、昼休みだけど美術室、来ねえ?大抵俺はそこでめし食ってるし、生徒も来ねえし。そしたらお前はぼっちじゃなくなるだろ?」
 その宇髄の提案に、義勇は心の中で温かななにかが弾けた気がした。ぶわっと身体中にそれは広がり、思わず頷いていた。
「じゃあ……昼休み、行く」
「よっしゃ!じゃあ、約束な。明日からちゃんと来いよ」
 こくんと頷くと、宇髄はにっこりと笑ってみせてくれる。裏表のない、屈託のない笑顔はきれいで、そして温かかった。
 思わず見惚れてしまうと、宇髄が意地悪く笑む。
「どうしたそのツラは。惚れたか?」
「ほ、惚れてない!た、ただ……とても、きれいだなと。お前みたいにそうやって笑う人間を、俺は見たことが無い。お前が笑うと、なんだかすごく嬉しい。もっと笑っていて欲しいと思う」
「だったら簡単だ。オマエが傍にいりゃいつだって笑えるぜ。お前はよォ、もっと自信もっていいと思うぜ。いろんなことにさ。俺こそ、オマエみたいな人間の方が貴重だと思うけどな。あ、生もう一杯頼んでもいいか?お前も飲む?」
「俺はもういい。お前も飲み過ぎるなよ」
 しかしだ。義勇のそんな忠告も聞かず、宇髄のビールを頼むペースは速さを増し、とうとう六杯目くらいでだんだんと目元が怪しくなり始める。
 肘をテーブルに立てて手で揺れる頭を支え、ぐいっとビールを煽る。
「んなあ。なんでオメーはそんなにかわいいんだ?」
「飲み過ぎだぞ宇髄。それに俺はかわいくない。ほら、帰るぞ」
「やだね。もう一杯飲む」
「じゃあ、それでもう最後だ。いいな?」
「へいへい。分かりましたー」
 テーブルの上には空のジョッキが並びまくり、義勇は自分の限界量というものを知っているためそこそこに飲んでいたが、目の前の宇髄は眠そうに目を擦り、最後の残りの一口をのどに流し込んだ途端、バタンとテーブルに突っ伏した。
「だから言っただろうが……!おい、宇髄。宇髄起きろ。帰るぞ」
「う〜ん……?うん、冨岡、聞こえてるか冨岡ぁ!俺は粥が食いたい!粥を頼め!」
「デカい声を出すな。聞こえてる!今のお前に粥は無理だ。いいから帰るぞ」
 席を立ち、ショップで買った袋を片手に居酒屋から抜け出した義勇は苦戦を強いられていた。というのも、宇髄がやたらと絡んでくるのだ。
 義勇の肩に手を回し、時折髪を梳いたり、首筋に顔を突っ込んでにおいを嗅いだりとやりたい放題のそれだが、とにかく宇髄を家に帰さないとならない。この酔っぱらいを何とかしないことには安心して家にも帰れないというもの。
 何とか通りまで出た義勇は、やっとの思いでタクシーを捕まえ、そして宇髄に問う。
「宇髄、お前の家はどこだ。どこにある」
「どこって……ここらのどっかだよ!つか、お前いいにおいすんな」
 すりすりと身体を寄せられ、ぎゅっと抱きつかれる。さらりと目の前で白髪が零れ、至近距離には宇髄の整った顔。
 思わず身体の動きを止めてしまう。すると、宇髄のかおりが鼻を掠め、なんともいえない魅力的なその香りをもっと嗅いでいたい自分に気づき、慌てて首を振る。
「宇髄、今から俺の家へ行く。寝たいならそこで寝ろ」
「う〜ん……?そうするー……」
 義勇の肩に思い切り体重を掛けられ、思わず倒れそうになるがなんとか踏ん張ってその身体をタクシーの中へ放り込もうとしたところで、突然だった。
 義勇の眼に入って来たのは宇髄のさらりとした白髪が鎖骨の方へと流れ、次いで紅色の瞳が目の前に映ったと思ったら唇に今まで感じたことのない温かでいて、そして柔らかで湿った感触が拡がる。
「うっ……う、ン、ン、んっ……!」
 その途端、義勇の中から音が無くなり、唇に感じる感覚だけが身体のすべてを支配し、宇髄は目を瞑っていなく、義勇も開いたままだった。視線が合わさり、宇髄が長い睫毛を揺らしながらそっと眼を閉じた。
 義勇もつられるようにして瞑ると、唇から感じる感触が気持ちよさに変わる。
 驚きもあったが、今はとにかくこの快感に酔っていたい。いつの間にか宇髄の手は義勇の腰に回っており、ぐいと引き寄せられ唇がさらに強く押し当たる。
「ん、ンッ……ん、うずっ……んうっうっ……」
 さらに唇を大きく舐められたところで、ふと唇が離れる。
「義勇……」
「うずい……?」
 紅色の瞳が、義勇を映しゆらゆらと揺れている。そのなんとも美しい様に見惚れ、見つめ合っているとタクシー運転手の呆れたような声がかかった。
「お客さん。乗るの、乗らないの、どっち」
「えっ……あ、の、乗ります。宇髄!宇髄離せ、タクシーに乗るぞ」
 照れを隠し、宇髄の身体を強引にタクシーに押し込む、そして、ショップの袋を次々と入れ、最後に義勇が乗ってタクシーは動き出した。
 身体が熱いと思う。なぜ宇髄は己にキスなど仕掛けたのか。随分慣れている風ではあったが。その初めての口づけは、義勇の心を大いにざわめかせた。
 心臓の鼓動が止まない。とくとくとくとく、鳴りっぱなしだ。
 何故、どうして。疑問ばかりが頭を占め、夜の街をタクシーは走り続けた。

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