03 はじまりの吟


「はっー!やっぱ夜の街ってド派手にテンションが上がるぜ!何しろどこもかしこも明るい!」
「う、宇髄!宇髄!」
「なんだよ、腹でも減ったか」
「ち、違う。一体……俺をどこへ連れて行くつもりだ」
 というのも、タクシーに乗って街に出たはいいものの、タクシー代は義勇が自分の用で行くのだから払うというのを宇髄は聞かず、強引に支払ってしまったと思ったらそのままさっさと歩き出してしまったのだ。
 夜の街など、十時消灯を心がけている義勇には縁のないところで、どうしても緊張してしまう。宇髄にしてみるとゆっくり歩いているのだろうが、何しろ歩幅が違う。後ろをついて行く形で思わず服を引っ張ると、ニッと笑った。
「決まってんだろうが、服屋だよ。洋服屋。今からオマエをかわいくデコレートしてやる。前からお前に似合いそうな服が置いてある店屋の前を通るたびに、着せてやりてえなと思ってたんだ。今から、そこへ行く」
 その言葉に、義勇は頬を赤らめた。そんなことを思っていてくれたとは。しかし、かわいくとは一体何だろう。
「あの、宇髄。俺はかわいくなりたいんじゃなくて、カッコよくなりたい」
「そりゃ無理だ。お前はかわいいんだから、どう頑張ってもかわいくしかなれねえよ。なに、安心しな。ガッコだけじゃなくどこへ着て行っても恥ずかしくないカッコに仕立ててやる。腕が鳴るぜ!」
 その宇髄の様子に、どこかくすぐったい思いを抱いてしまう義勇だ。宇髄にかわいいと言われるのは、不思議といやではない。どころか、どこか喜んでしまう自分もいて、そんな自分にも驚くが決して、悪い気分ではない。
 街は明るく、不思議と義勇の気持ちも高揚してくる。一体、宇髄はどんな服を選んでくれるのだろうか。
 そのまま通りを歩いてゆくと、そのうちに洒落た服ばかりを着たマネキンたちが立ち並ぶ通りに出る。そこで、義勇は足を竦ませた。
 明らかに、自分とは空気が違うと思う。義勇の洋服は、食料品の買い出しで立ち寄ったスーパーなどで衣料品が売っていると、自分の中で無難そうな服を選んで着ている始末。
 そんな義勇が立ち寄っていい店など、あるのだろうか。
 思わず宇髄に帰ろうとそう言い募ろうとしたところで、その足が止まる。
「ここ!この店だ。入ろうぜ」
「う、宇髄!いい、もう帰ろう。俺は帰りたい」
 しかし、宇髄はきれいに義勇の言葉を無視し、ずかずかと店の中へと入って行ってしまう。
 すると洋服屋のスタッフが早速愛想よくやってくる。だが、宇髄は店員に「ちょっくら勝手に見させてもらうわ」そう声高に言って、服を漁り始めてしまう。
 宇髄は鼻歌交じりで早速、ハンガーに引っかかっていた一枚の服を腕に引っ掛けている。義勇はといえば、どこをどう見たらいいのかも分からず、所在無さげに店内を見ているとふと、横から一枚の洋服を差し出される。
「え……?」
「これとかいかがでしょう?お客様によくお似合いになると思いますよ」
 それは店のスタッフで、どうしたらいいか分からない義勇は戸惑うばかりだ。すると、ぬっと宇髄が現れ、義勇とスタッフを隔てるようにして身体を割り込ませてくる。
「だめだな。そんなダサい服を選んでるようじゃ、店員失格だ。コイツに似合う服は俺様が選ぶ。お前はすっこんでな」
「宇髄……!店員さんに失礼だぞ」
「俺たちゃ客。やつは店員。放っとけ。それより、これを着ろ。まずはこれでなにがお前に似合うか決める」
 渡される三着の洋服。色物、柄物、モノトーン。
 しかし、非オシャレの義勇には着替える時点ですでにハードルが高い。だが、今の宇髄に何を言っても無駄だろうと思われる。
 溜息交じりの義勇は渡された服を大人しく受け取り、試着室の中に入る。そして着ていたパーカーを脱いだところで宇髄の声がカーテン越しに聞こえた。
「冨岡、まだかー」
「まだだ。というか、催促が早い。着てもいない」
 何とか一着を身に着けカーテンを開く。すると、宇髄はあごに手を当て「次」とだけ言った。そして三着とも着替え終わると、突然だった。
「譜面が完成した!よし、なにがお前に一番似合うかが分かったぞ。お前に似合うのはモノトーンだな。顔がキレーだからよぉ、余計に飾り立てるよりシンプルに攻めるのが吉だな。でも、ただのシンプルじゃねえ。洒落たシンプル。凝ったシンプル。さすが俺。よし、あとは選ぶだけだ」
「あ、あの。宇髄、疲れたし、もういい」
「いいことあるか!よっしゃ、乗ってきたぜ!いいからお前はどっか他を見てな。ああ、あとあれだ、お前っていつも何インチのパンツ買ってるか聞いていいか」
「何、インチ……?下着にインチなんてあるのか?」
「ばか。違ぇよ。ズボン!そういえば分かるか。サイズはなんだ」
「えと、SにMにLとあって、いつもMを買っている。サイズはMだ」
 そこで、宇髄は大いに顔を顰め「もういい」とだけいい、パンツの棚に行って二種類のパンツを差し出してくる。
「試着室でその二枚を穿き比べろ。ちょうどいいと思うサイズを買う。いいな」
 もはや宇髄の頭の中は洋服を選ぶことでいっぱいになり、自由人を発揮している。そんな時、彼に何を言っても無駄なのだ。
 義勇は黙って試着室へと行き、パンツを穿き比べる頃には宇髄の両手にはたくさんの洋服が引っかかっており、それらをどさっと纏めてレジの前に置き、義勇にパンツのサイズを聞いた宇髄は二着ほどパンツを追加し、勝手に会計に入ろうとしている。
 店員も、この洋服の山に驚いている様子。
 そしてもれなく、義勇も驚いていた。その後の会計の段になり、さらに驚く義勇だ。値段がハンパではない。
「宇髄!だめだ、この金額はだめだ。もうちょっと買う服を厳選して」
「黙ってな。派手に買うのが洋服だぜ。それに、そんなに金に困ってねえし」
「そういう問題でもなく……とにかく、半分でもいいから払う」
「いいから財布を仕舞え。オンナに服代支払わせるほど堕ちてねえし。ま、お前が喜んでくれればそれでいいってことよ」
 宇髄はカードですべてを支払い、ショップの中でも多分だが一番大きな袋であろうものが五つ、義勇の手に渡り、共に店を出る。
「こんな、ことをしてもらう謂れは……無い、と思う」
 申し訳なさで手が震える。並の金額ではなかったからだ。思わず顔を青くして俯くと、頭にポンと大きな手が乗る。
「嬉しくねえか」
「う、嬉しくないはずがない!嬉しい!嬉しい、けど……金額が」
「金のことは気にすんな。つか、嬉しいなら笑えよ。嬉しい時は笑うもんだぜ。笑顔はどうした」
「笑顔……?」
「そうだ。そういえば、お前の笑った顔って見たことねえな。てか、お前って笑ったりしねえよな」
「笑う……笑顔……?」
 言われてみれば、ここ何年いや、何十年と笑顔として顔の筋肉を動かしたことが無いことに、今さらながら気づく義勇だ。楽しいと思うことは時々、ポツポツとあるがそれが笑顔に直結しない。それに、笑顔にしても誰にも求められたことはないし、自分から意識して笑顔など作ったことも無い。
 そのことに気づき、唖然としていると、突然だった。くいっとあごを掬い上げられ両手で頬を包み込まれる。そして、かなり強引に頬の肉を持ち上げられた。
「あのな、嬉しい時は笑うもんなんだよ。今、お前はどう思った?洒落た服が手に入ったんだぞ。これからはダサいなんて言われずに済む。嬉しいだろ?」
 義勇としては他人になんと言われようが特に気にしていないつもりだったが、確かに今日一日、宇髄の服を着てみて人の見る目が少し変わったような気がしたのは確かなことだ。
 頬を包まれながらゆっくりと首を縦に落とすと、そっと手が頬から離れてゆく。
「んじゃあ、次は自分から笑ってみな。冨岡、笑顔を見せろ。そしたら、俺は報われる」
「俺が笑っただけで……お前は報われるのか」
「お前の笑顔には、それだけの価値があると俺は思ってる。笑いな、冨岡」
 義勇は俯き、両手に持つ重い紙袋の存在を確かめ、首を上へと傾ける。
「たくさんの洋服……ありがとう、宇髄。とても、嬉しく思ってる」
 随分と長い間、笑っていなかったため上手く笑えていたかは分からないが、義勇のぎこちない笑顔が宇髄の紅色の瞳に映った途端、宇髄はそれは嬉しそうな満面の笑顔を見せた。そして、わしわしと頭を撫でてくる。
「よし!それでいい。嬉しいか、それならいい。払った金も、苦労もお前のその笑顔でなにもかも報われる。無駄だと思わずに済む。てか、そんなかわいい顔できるんだったらさっさとしろよ。襲うぞ」
「お、襲うっ!?襲うって……宇髄っ?」
「さーて、今からはめしだ!酒だ!喰うぞー、飲むぞ!」
「宇髄っ!」
「よし、服の入ってる袋を寄越しな。重いだろ。全部俺が持つ」
「え、え?あの、ちょっと、宇髄!」
 さっさと義勇の手から袋を奪った宇髄は、そのまま歩き出してしまう。その後を、慌てて追う義勇だ。顔が熱いと思う。久しぶりに笑ったからか、それともまたべつの感情からなのか。
 今の義勇には分からなかった。

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