02 はじまりの吟


 放課後。
 義勇は荷物を纏め、校門の前で棒立ちで宇髄が学校から出てくるのを待っていた。結局この日一日、義勇は宇髄のパーカーを身に着けて学校にいたが、煉獄には「うむ!服の貸し合いとはなかなか仲のいいことだ!大変良いことだと思う!」と言われ、生徒達には「服交換とか、かわいい〜!あれって輩先生のパーカーでしょ?甘えんぼ袖がポイント高い」などと言われ過ごした。
 服装が少し違うだけで、ここまで人に与える印象が大きいとは思わなかった義勇だ。服など着ていればいいと思っていた自分の心が揺らぐのが分かる。
 単純に、嬉しいと思った。
 そんなことを考えながらボーッと宇髄を待っていると、たったと軽い足音と共に「悪ぃ!待たせた」との声が聞こえたと思ったらポンッとまたしても宇髄の大きな手が義勇の小さな頭に乗る。
「はは、やっぱお前のそのパーカー姿、かわいいわ。よし、それお前にやるよ」
「え、でも……悪いというか、返す」
「いいよ、オマエ元はいいんだからさ、そういうかわいいカッコしてた方が得だぜ?」
「損得でもなく……」
「ま、いいってことよ。いいから、やる。だから、今後も気が向いたらガッコに着て来いよな」
 爽やかな笑顔に、義勇は思わず見惚れてしまう。宇髄の色男加減はどうやら義勇の心をも掴むらしい。裏表のない、無邪気な笑顔はこんなにも美しいものなのだ。
 義勇はあまり人と関わろうとしなかったため、こんな笑顔を見せる人物といえば同僚の煉獄くらいのもので、しかし煉獄の笑顔とはまた違った魅力のある笑顔だと思う。
 思わず、手が伸びてしまう。そして、濃い紫色のシャツをつんと少しだけ握り、引いてしまった。
「冨岡?」
「……え?あ!あ、あの、すまん。手ぇ、離す」
「べつにいいよ、掴んでいたいんだろ?ま、駐車場までだけどな。何なら手でも繋ぐか?」
「そ、それはいい!それはいいが……あの、なんで急に、こんな」
「ん?べつに深い意味は、あるといえばあるが、前から思ってたんだよな。勿体ねえって。キレーな顔してダサい服を着てるのって結構痛いぜ?だから、なんとかしてやりてえなとはずっと思ってた」
「そ、そうか。俺は痛いやつだったのか」
 落ち込む義勇だ。
「ああ、そういや飲みに行くのに車もクソもねえよな。ま、めんどくせえけどタクシー呼ぶか。それでいいか?」
 義勇は大きく頷き、スマホを取り出す宇髄を見上げる。
 宇髄は義勇をきれいな顔といったが、宇髄とて充分に整った顔をしていると思う。というより、足元にも及ばないと思う。流れる白髪に、澄んだ紅色の瞳。整った顔つき。背も高ければ、体格もいい。何一つ、勝っているところがない。
 ふうと溜息を吐き、俯くと頭にポンと宇髄の手が乗り、そのままタクシー会社と通話を始めてしまう。しかし、この大きな手は不快じゃないと思う。まるきり子ども扱いっぽい感じもするが、どこか安心してしまう自分もいて、義勇は頭に乗る宇髄の手の重さを、とても心地いいと感じてしまった。
 そんな自分を恥じていると、通話を終わらせた宇髄がさらさらと頭を撫でてくる。
 思わずあまりの心地よさに目を瞑ってしまうと、やってきたのは絶大なる安心感だった。まるで母親の腕の中にいるようだ。
 ほうっ……と息を吐いてしまうと、急にやって来たのは燃えるような真っ赤な羞恥だった。今までロクに喋ったことも無い男に頭を撫でられ、心地いいなどと。
「は、離せっ!触るな!」
 思わず声と共に手を振り払ってしまうと、宇髄は最初、驚いた顔を見せ後、真剣な表情へと変わった。
「……いやか。いやだったか」
「あ……」
 宇髄の紅色の瞳を見ると、その中には得体の知れない何かが燻っているようで、それが悲しみだとか、そういった色を宿しているのだと知ると、やってきたのは後悔の嵐だった。
 自分から、心地いい手を離してしまった。もう、今後その手を求めても、二度と手に入らないかもしれない。
 義勇は自身の額が冷や汗で湿気るのを感じながら必死に言葉を紡ぐ。
「ち、違う、ちがう。手がいやなわけじゃなくて、寧ろその……こ、心地いいと、思ってしまった自分が、ひどく恥ずかしい人間に思えて、つい……だから!だから、あの」
 すると、義勇の頭にポンと宇髄の手が乗り、またしてもさらさらと撫でてきて髪を梳かれる。
「宇髄……」
 謝らなければならない。この手を離さないためにも。
 だが、宇髄は満面の晴れやかな笑みを、義勇に見せた。
「やっぱオマエって、かっわいいのな!」
 心臓が一つ飛ばしで鳴った気がした。優しい笑顔だ。とくとく心臓が早く脈打ち始める。耳の奥が熱くなり、顔も然り。ついでに身体も熱くなってくる。
 この体調の変化はなんなのだろう。如何せん、恋愛経験ゼロの義勇だ。それがときめきという感情とは気づかず、ただただ宇髄の頭を撫でる手の感触を愉しむ義勇なのだった。
 すると、その手はするすると頬の方へ移動し、大きな手で右頬を撫でられる。これには戸惑いを隠せなかった。
「宇髄……?」
「ほっぺ、さらっさら。てかお前、汗かいてる?なんかしっとりしてるけど、やっぱ気持ちいいな!」
「あ、あの……これは、さすがに」
 手はあごに下に移動し、くしゅくしゅと指を動かし猫をいじる動作をしてくる。
「さすがに……ゴロゴロと鳴きはしねえか。オマエの顔って猫に少し似てるから鳴くかと思ったけど鳴かないな」
「お、俺は猫じゃない!」
「ま、人間でなくちゃ困るんだけどよ。ホーラ、ほらほら」
「やめろ!撫でるなら頭がいい!」
「おお、本音が出た。よしよし、頭がいいのな。オマエって髪がさらさらだから撫で心地いいんだよな。頭も小さいし。かわいいかわいい、よしよし」
 手は頭へと戻り、すりすりと撫で擦って来る。やはり心地がいいと思う。不思議な感覚だ。とても不思議で、気持ちがいいだなんて。初体験だ。
 何しろ恋愛経験どころか、人をそういう意味で好きになったことのない義勇だ。それを人に言ったことはないが、実は誰ともそういった色事という意味で交わることが無かったため、いま宇髄に感じていることがときめきという感情に近いことが分からない。
 だが、この手は離したくないと思う。
 初めて感じるこの気持ちの名前は知らないが、きっと宇髄なら知っているだろうし教えてくれるだろう。何故か確信が持てる。この手の持ち主が自身の頭を撫でていてくれる間ならきっと、義勇の知らないこと全部、教えてくれる。
 そっと、義勇は目を瞑った。
 頭を撫でる心地よい手の感触に酔うように、ほうっと熱い溜息を吐きながら、そっと、宇髄のシャツの裾を握りしめた。

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