03 蜜、啜る


 時刻を見ると、時計は未だ八時にもなっていなく、腹が減る義勇だが昨日のこと、宇髄に朝食は食べるなとしつこいくらいに言われている。何か意図があってのことなのだろうが、とにかく腹が減る。
 仕方なく、意味は違えど文字通り、空腹を茶で濁しているとふと思い出される宇髄の屈託のない笑顔。頭に乗る手。撫でられる優しい仕草。そして、宇髄の咥内の温度。
 そこで慌てて頭を振って思考を追い出す。なにを考えているのか。最後のは余分だった。おかげで顔が熱い。なにを浮かれているのだろう。
 義勇は座っていたソファに倒れ、突っ伏す。
「うずい……」
 思わず名を呼んでしまい、慌てて辺りを見渡す。これは、重症だ。かなりまいってしまっている自分がいる。週末を共に過ごしたからといって、関係が発展するとも限らないのだが、それを期待してしまっている自分も確かに、心の隅にいて義勇の動揺を誘う。
 頭を振り、麦茶を一気飲みしたところだった。部屋に設置してある固定電話がやかましく鳴り出したのだ。きっと、宇髄だと思う。慌てて電話へ向かう義勇だ。
 というのも、義勇はスマホを持っていない。宇髄にLINEがどうこう言われたが、義勇にそれは分からず、ただスマホを持っていないことを話すと宇髄はこめかみに指を当て、連絡手段は無いかと問われたところ、固定電話ならあると言った。
 受話器を持って「もしもし」と出るとやはり相手は宇髄で「今お前んち着いた」とのこと。義勇は最後の服装最終チェックとして全身鏡の前に立ち、玄関へと向かう。
 鍵を開け、扉を開いたところだった。ぬっと大きな何かが立ちはだかったと思ったら、ずいっと玄関まで強引に入ってきて、宇髄と気づいたのは背に回った腕の力強さとにおいに覚えがあったからだった。
「う、宇髄っ!」
「おはよ、義勇。あー……義勇のにおいがする。この腕の中の感じも義勇だし、なにもかもが義勇だ」
「落ち着け!なにをしてる」
「なにって、幸せの確認に決まってんだろ。今日から明日まで、お前を独り占めできる。こんな幸せはなかなか、ねえぜ?」
 その言葉に、顔に血を昇らせる義勇だ。しかし、義勇からも恐る恐る、宇髄の背に腕を回す。義勇とて、宇髄の時間を独り占めできるのは嬉しいことに他ならない。確かに、幸せな時間だ。
「宇髄……」
 ぎゅっと腕に力を籠めて抱きつくと、その分かなり激しい抱擁が返ってくる。実際、苦しいほどだ。だが、その腕の中は不思議と居心地よく、いつまででも収まっていたいと思わせる何かがあって、義勇は首を傾げた。この気持ちは一体、何だろう。
 徐に離れてゆく身体。思わず見上げると、いつもの紅色の瞳が義勇を捉えており、その美しさに見入っているとどんどんと顔が近づいてきて、気づけばゼロの位置にあり唇には優しくて甘い感触が拡がる。
「んっ……んっ……」
 思わず口を開くと、するりと宇髄の舌が義勇の咥内へと入り込み、舌を大きく舐められた。義勇からも舐め返すと、緩く舌を噛まれそのまま上顎を丁寧に舐められる。
「ふっ……ん、ふっ……ん、ンッ……」
 気持ちがいいと思う。宇髄とかわす口づけはいつだって甘く、熱く義勇を溶かしてゆく。
 ふと唇が離れると、至近距離に造作の整った宇髄の顔がある。今日の宇髄はいつもの目の周りに描かれている赤色の模様も無ければ、パーカーを着てもいない。素のその顔の美しさに見入ってしまうと、頬に大きな手が宛がわれ、宇髄は薄っすらと笑んだ。
「すっげ、かわいい顔……きれいな青だな、お前の眼は。透き通ってて……優しい色だ」
「う、宇髄こそ、あの俺、宇髄の眼の色すごく、いいと思ってる。角度によって色が変わって、見てて飽きなくて、きれいで……それに今日、宇髄……目の周り、なにもしてない。すごい、きれいな顔……」
 するとまたしても抱き込まれ、宇髄は「義勇っ……!」そう言って背に腕を回され抱きしめられる。
「あー……なんでオマエってそんなにかわいいんだ?かわい殺されそうだぜ」
「かわい殺されるなんて言葉、ないぞ」
「俺が作った言葉だ。オマエ専用。つか、じゃあそろそろ行くか。おはようのキスもしたし」
「お、おはようの、キス……」
 義勇は顔に血を昇らせた。宇髄の使う言葉一つで、いつだって義勇の心は躍るのだ。
 身体を離すと、宇髄は義勇の足の先から頭のてっぺんまでジロジロと見た後、笑顔に変わる。
「お前、今日はサマーセーター着てきたのか。うんうん、似合ってるな。やっぱり俺の見立ては間違ってねえ。つか、すっげかわいい。襲いたい」
 義勇は着ていたアイボリーのサマーセーターを引っ張り、顔を赤らめた。因みにボトムスはこげ茶のスキニーパンツだ。
「お、襲うっ!?毎回思うがその、襲うって……」
「おう、言葉通りだ。ヤりたくなる」
「宇髄ー!!」
「デカい声を出すな。いいから出かけるぞ。今からはな、お前と朝食を摂りに行く。美味いパン食わせてやるよ。あと、コーヒーとか。ま、行けば分かる。おっと、そう言えばその前に!ちょっと冷蔵庫、借りるわ」
 そう言った宇髄はさっさと義勇を退けて家の中へと上がり込み、ビニール袋に入った長細く白い箱をガタンガタンと音を立てながら冷蔵庫に押し込んでいるのが音で分かった。
「よし!準備完了。下降りるぞ」
 階段から降りて駐車場に停めてある宇髄の車。見た途端、義勇はこれ以上なく目を大きくして放心した。
「ん?どした。助手席乗れよ。早く出発すんぞ」
「お前、この車……」
「ああ、まあ驚くか。これはなー、就職祝いに今まで貯めてたバイト代とか全部つぎ込んで買った」
「ば、バイト代って、どんなバイトをすればこんな車が……なんというか、高そうな……」
 というのも、宇髄はベンツの装甲車のような四角い車を乗り回しているらしく、真っ黒なだけにさらに威圧感を感じる。
 義勇は恐る恐る車に乗り込み、宇髄も同じく乗り込むとエンジンがかかる。
 車は公道に出て、ゆっくりとアパートのあった細い道から太い道に合流した。車の乗り心地は抜群によく、車の中は宇髄らしくいろいろぶら下がっていたり、訳の分からない置物が置いてあったりとなかなかにやかましい。しかし、こういうのも悪くないと思う。きっと義勇が車を持ったら、なにも置かず味気ない車内になっていることだろう。

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