01 蜜、啜る


「お前んち、泊まり行ってもいい?」
 その問いかけを聞いたのは、水曜日。そして今日は金曜日。明日には宇髄が家にやって来る。
 義勇は自分を責めて、責めて、責めたくって金曜日までの時間を過ごしていた。何故「うん」などと言ってしまったのだろう。あれではまるで、情事を含めていいと言っているようなものだ。
 義勇にはまったく、その気はなく、ただ宇髄が家に来て泊まれば一緒にいる時間が増える。たったそれだけの理由だった。宇髄としてはきっと、期待していることだろう。何しろ宇髄は、義勇を性的対象として見ているのだから、お泊まりOKとなればそれは期待して当たり前。
 ただ今は美術室で義勇はお気に入りのぶどうパンを食しており、宇髄は出来合いの弁当を突いている。
「う、宇髄。その……その、そ、その肉団子、美味そうだな」
「ん?なんだ、食いてえの?べつにやるけど」
 違う、そうではなく。
 箸で抓まれた肉団子を、義勇は口を開けてもらい受け、咀嚼した後、思い切って話し出すことにした。
「あの、宇髄。明日……土曜日のことだけど」
「おお、それそれ!なあ、お前んところのアパートって車、駐車できるスペースってあるか?」
「そうじゃなく……その、泊まりの、話……。……無かったことに」
「できねえな。なんだよ、もしかしてお前、いやなのか?俺がお前んちに泊まること」
 答えられない義勇だ。
 そのまま黙っていると、宇髄も黙り沈黙の中、食事が終わる。義勇は牛乳を飲み終わり、宇髄は茶のペットボトルを傾けてのどに流し込んでいる。
 部屋の空気が重い。
 いたたまれなくなった義勇はそのまま椅子から立ち上がり、扉に向かって歩き出したところで強く、手首を引かれて思わずバランスを崩すと、その身体は床に座っていた宇髄の足の間にすっぽりと収まり、驚いていると後ろからぎゅっと身体に腕を回され、背にすりすりと頬ずりされる。
「お前さあ、いやだとか言うなよ。俺、すげえ期待してんだぜ。お前と摂るめしとかさ、夜とか」
「お……俺はそういうつもりじゃない。そういうつもりでいいって言ったんじゃない。お前はなにか勘違いしているようだが、その……そういったその、所謂アレ、アレをしていいって意味じゃない」
「アレ?アレって……セックスのことか?」
 一気に顔に熱が集まる。あまりに直接的な言葉遣いに、まだ義勇は慣れていないのだ。身を捩るようにして長い足の間から出ようとするが、宇髄はそれを許さずさらに強く抱いてくる。
「あのな、勘違いしてるのはお前の方じゃねえの?べつに、エロいことするつもりっつーか、エロ目的でお前んちに行きたいって、そりゃちょっとは期待してたことはしてたけど、べつにそれだけが目的じゃねーよ。ただ、泊まりに行けばお前といる時間が長くなるかなって。朝も、お前が淋しいって以前言ってたから、泊まれば朝だって俺はお前の隣にいられるし。俺をエロ魔人と思い込んでんじゃねえよ!」
「だ、だって!その……普段が、普段だし……隙あらば触ってくるし、その……股間とかにも」
「いや?そういうの」
「いやというか……こ、困る。カラダとか触られると熱くなるし、そうなると暫く熱が篭ったみたいになって……心臓とかも、ドキドキして、それも治らないし」
「オマエ……惚れた?俺に」
 思わず身体がビグッと大きく跳ね上がってしまう。
「し、知らない!惚れるとか惚れないとか、好きとか嫌いとか、俺には分からない!そういう風に人を見たことないし……見れないし」
「……ちょっと、こっちを向け」
 くりっと身体の向きを変えられると、正面には真剣な表情を浮かべた宇髄が義勇を見ている。
「う、宇髄……」
「義勇。あのな、惚れたとかどうのって理屈じゃねえんだ。言ってみれば、心だな。お前の心に聞いてみろ。つってもお前には難しいだろうから、まずは一緒にいる時間を増やさねえ?お前、俺といることに関してはいやじゃないんだよな」
 それには即答で大きく頷く義勇だ。
「居たい。時間が許すなら、ずっと、ずーっと一緒にいたい。宇髄の、傍にずっといたい」
「ん、それが聞ければ上等。じゃあ土曜、行っていいんだな?門前払いとか食いたくねえぞ」
「……うん。分かった。車のことはアパートの管理人に許可を取っておく。あの!宇髄あの……えっと、つまり……」
「うん?どうした。なにかあるか。言いたいことがあるなら聞いてやるから、落ち着いて話せばいい」
「宇髄は……俺のことをその、あの……い、いいっ!べつに、話したいことは無い。なんでもない。忘れてくれ」
「オマエ、顔真っ赤。大丈夫か?」
 額に当てられる宇髄の大きな手。ひんやりしたそれに、思わず心地よくて目を瞑ってしまうと、ふわっと唇に柔らかで温かな感触が拡がり、慌てて目を見開くとゼロの距離に宇髄の顔があり、紅色が義勇を見ている。
「んっ……ん、う……ンッ……!う、ずいっ」
「へへっ!ごちそうさん。いや、急に眼ぇ瞑るからキス待ちかなと思ってよ」
「ちっ……ちがっ……ちがわ、ない……かも、しれない。分からない!こういうこと、簡単にするな!」
「簡単にはしてねえよ。顔に出さないだけで、心臓バクバクしてるし。チンポもボッキするし」
「ちっ……ち、んぽ、の話はしてない!そんなの信じられない。だって、宇髄は涼しい顔してるし、顔色も変わらない」
「そりゃ、場数こなしてっからな。でも、言っとくがお前に関してだけは、軽く見てねえよ。これでも結構、真剣なんだけどな。俺からしてみると。てか、お前も初めてかもしれねえけど、俺もこんな風になるのは初めてで、なんて言うんだ?動揺、とは違うけど驚いてる。まあ、今まで好きになった相手とはすぐにセックスしてたし。誰も拒まなかったしな」
「せっ……!?なっ……お、お前は遊び人だったのか!」
「遊び人っていうか、ヤリチン?とっかえひっかえ、ヤりたい放題ヤってたからなー、大学時代」
 そこで、義勇の心の中にむくっと黒いなにかが湧き上がってくるのを感じた。煙のようなそれは、あっという間に義勇の心を覆い尽し、思わず目の前の宇髄を睨みつけてしまう。
「……離せ。そういうことを簡単にする人間が、俺は大嫌いだ。どうせ俺はその中の一人でしか無くて、お前にとっては当たり前のことなんだろう。そういう……好きでも嫌いでもない人間を簡単に抱いたりすること。俺はそんなんじゃない。そんなの求めてないし、簡単にお前の言いなりになって抱かれるつもりもない。そういう眼で今後、俺のことを見るな。応えられない、お前の欲求には。だから、離せ」
 そこで、宇髄はわざとらしいほどに大きな溜息を吐き、正面から義勇のことを抱きしめてしまう。
「っ……離せと何度も言ってる!いい加減にしろ、付き合いきれん!」
「妬いてんの?オマエ」
「や、妬いてないというか、どうして妬く必要がある。俺はべつに、お前のことなんて……」
「義勇。いい加減にしろや。黙れ」
 急に部屋の温度が下がった気がした。思わず開こうとしていた口を閉じてしまう。
「言っとくがな、お前に対する想いに、冗談なんか一度も混ぜたことねえぞ。そんな軽い気持ちで想ってるわけじゃねえ!大切にしたいのに、なんでテメーはそうなんだ!」
「だからっ……何度も言っているだろう!俺には何も分からないんだ。なにも知らない、感じない。分からない。なんにも、分からなくて……だから、お前に対する想いも、分からなくって……」
「それって、ただ単に分かろうとしないだけじゃねえの?傷つくのが怖くて、拒否られんのがいやで分からないふりしてるだけで、お前は分かってるよ」
「じゃあ聞くが、なにを分かってるっていうんだ。俺がなにを分かってて、なにが分かってないのか、お前に分かるのか!?俺にだって分からない想いの名を、お前が付けるな!」
 気づけば肩で息をしており、目の前の宇髄は驚いた顔をした後、義勇の頭に手を乗せて撫でてくる。
「落ち着け、義勇。どうした。俺が言ったことに腹立ててんのか」
 撫でてくる手は優しく、落ち着いてくるにしたがってだんだんと涙腺が緩んでくる。そして、義勇の両目からは大量の涙が溢れ出した。
「……オマエって、卑怯だよな」
「う、ずい……?」
「こっちが謝ろうと思っても、オメーはすぐに泣く。そうすると俺は、どうしたらいいか分からなくなる。オメーになんて言っていいか、分からなくなるんだよ」
「ごめ……ごめん。さっきのは、半分本音で、半分は……分からない。自分がどんな気持ちを他人に抱いているか、本当に分からないんだ。ただ、宇髄の手だけは離したくない。離しては、いけない気がする。離したらきっと、後悔する。悔やんで、悔やんで、泣くことだけは分かってる」
「それだけ分かってりゃ充分だ。べつに、オマエ相手に急ごうなんて思ってねえし。でも、泊まりには行くぜ。それは変えない。いいんだよな?俺が行っても、お前は迷惑なんて思わないよな?」
「思わ、ない……うち、来て欲しい。一緒に、いたい。宇髄と、一緒にいたい」
「じゃあ、行くからな。明日……お前んち」
 近づいてくる宇髄の顔。義勇は無意識のうちに両腕を上げて宇髄の首に回して引き寄せてしまう。
「ん……っ」
 触れ合う唇と唇。初めは涙の味しかしなかったが、次第に宇髄の持つ熱に蕩かされるよう、義勇はさらに宇髄との距離を縮めるかのように腕に力を籠めると、宇髄も義勇の背に腕を回してきて、二人は縺れ合うように身体と身体を密着させながら、口づけの激しさに燃えた。

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