03 紅藍の閃光


 その後、職員室でも義勇は一貫して宇髄とは関わらないようにしていた。宇髄も、他の教員がいるからなのかどうなのか、話かけてくるようなことは無く、それはそれでいいと思っていた義勇だが、どこかで淋しがっている自分もいて、情けなくも朝のことを後悔してしまう。あの腕から、逃れなければよかった。そうすれば、宇髄もきっと昨日のように話しかけてくれただろう。
 そして、昼休み。
 義勇は迷いに迷った結果、結局いつもの階段に座っていた。胃を壊しているので自販機で買って来た牛乳パックを手に、座ったまま固まりながら昨日の宇髄の言葉を思い出していた。お昼休みは美術室で一緒に食べようと、そういった約束。折角誘ってもらえたのに、行けなかった。怖かった。朝のことも原因の一つではあるが、宇髄にきらわれたくなかった。義勇という人間を知れば知るほど、宇髄はきっと嫌悪を露わにして離れて行くだろう。それが怖い。
 溜息を一つ吐いた義勇は牛乳パックにストローの先端を刺したところで、校内放送の音楽がかかった。
 何だろうと思って聞いていると、生徒の声が耳に届く。
『冨岡先生のお呼び出しでっ……こ、困ります!宇髄先生!』
 後、ものすごく大きな声量が学校中に響き渡る。
『冨岡ぁー!!テメエ、昨日の約束忘れたのか!忘れてなかったらとっとと約束の場所まで来い!ぶっ殺すぞ!』
 との怒鳴り声の後、
『い、以上……冨岡先生のお呼び出しでした』
 といった震える生徒の声で校内放送は終了した。その途端、義勇は何かを考える前に美術室へ向かって走り出していた。牛乳パック片手に、必死になって最上階にある宇髄が待つ場所を目指す。
 宇髄が呼んでいる。なら、行く。
 勢いよく美術室の扉を開けると、そこには二脚の椅子が用意されており、その一つの席には宇髄が座っていて、残りの一つの椅子をバンッと音を立てて宇髄が叩く。
 義勇が恐る恐る隣に座ると、不機嫌を露わにした宇髄の声が耳に届く。
「……どうしてお前、来ねえんだよ。つか、牛乳のパックが空いてるじゃねえか。俺なんてなんも食ってねーのに。約束、忘れちまったのかよ」
「わ、忘れてない。ちゃんと、覚えてた。けど……行ったら、なんで来るんだって言われそうで……どうしても、行けなくて」
「俺はそんなやつじゃねえよ。つか、お前の俺への認識ってそんななのかよ。それに、校門のところでもお前、俺のこと拒絶しやがって。そんなにテメーは俺がきらいか」
「だって!!」
「なんだよ、だってなんだ?言いたいことがあんなら言ってみろや」
「……だって、宇髄……朝、居なかった……。あくる日になって朝、目が覚めて、もし宇髄が俺の家にいたら、きっと胃もたれで苦しいだろうからと思って冷凍ごはん、解凍しておいたからたまご雑炊、作ってやろうと思って、なのに朝起きたらいなかった。おかげで俺は二人前食べて胃を壊して、だから……」
「ああ、なんだお前、拗ねてんのか。朝起きて俺が居なかったから、拗ねてんだな」
「す、拗ねてない!そんなんじゃ……ない、と思う。けど、怒ってはいる。勝手にいなくなって、置き手紙も無くて……俺は、ベッドに独りでいて」
「分かった。お前が怒ってるのは分かった。つか、俺もシャワーとか浴びたかったし、服とかも」
「そんなことは分かってる!分かってるけど……分かっているのと気持ちとは、違う。俺は、宇髄に傍にいて欲しかった」
 そこで、顔を真っ赤にさせる義勇だ。なんという恥ずかしいことを言ってしまったのだろう。
 片手で目元を隠すと、そっと肩を引き寄せられ、耳元で囁かれる。
「冨岡。……昨日のこと、覚えてるか」
 ビグッと身体が跳ねる。昨日の、こと。忘れるはずがない。寧ろ、忘れられるはずがない。だが、宇髄はきっと、覚えていない。
 平常を装い、義勇は肩に回っている宇髄の手を外そうと手をかける。
「お前こそ、酔っ払ってたんだから忘れたんだろう。……離せ」
「いやだね。なあ、覚えてんなら分かってんだろ、俺の」
 そこで義勇は宇髄の話を強引に終わらせた。これ以上、踏み込んではだめだ。義勇は己で感じる心の危険信号に従うことにした。宇髄を巻き込んではいけない。義勇の闇は、義勇で抱えるしかないのだ。
「……悪い。ワガママめいたことを言ってしまった。そう、だよな。俺は……誰かを欲しがっちゃいけない人間だ。忘れてた……夢中になって、忘れてた。宇髄、昨日のことは無かったことに」
「なると思うか?誰かを欲しがっちゃいけない人間なんてこの世にいやしねえよ。てめえはなに言ってんだ。訳の分からないこと言いやがって。いいから座れ、めし食うぞ。話はその後だ」
 そこで、義勇は宇髄が何か紙パックの飲料しか飲んでいないことに気づく。
「……宇髄お前、昼はそれだけか」
「お前こそ、牛乳だけじゃねえか。それに、めでたく二日酔いで食欲がねえ。だからこれ。アサイージュース」
「あさいー……?」
「二日酔いにはアサイーがいいって漫画に描いてあったから、実行してる」
「……美味いのか、それは」
「グレープジュースみたいな味。飲むか?」
 そこで義勇は大いに戸惑った。間接キスになることに気づいたからだ。じっとストローの飲み口を見つめ、首を横に振る。
「い、いい。止しておく。その……俺が口付けると、いやだろう」
 すると、突然ストローを口の中に突っ込まれ、思わず中身を吸ってしまう。
「あ、美味い……」
「な?百聞は一見に如かず。ってちょっと意味合い違うけどよ。これ、中庭にある自販機で売ってっから」
「そうか。俺も自分で買ってみることにする」
 そして、訪れたのは静寂で、ちらりと宇髄を見ると宇髄も義勇を見ている。思わず見つめ合うことになり、紅色の瞳はやはりきれいで見惚れてしまっていると、宇髄は瞳の色を深めたと思ったらこんなことを言い出して義勇を驚かせた。
「話の途中になったけど、言っとくが俺はお前で勃つぜ。昨日も勃ってた」
 思考が一時停止する義勇だ。今、宇髄はなんと言ったのか。なんの話なのかも分からないが、予感がする。色事の類だと、勘がそう言っている。
「たつ……?たつって、なにがたつんだ?」
「チンポ。お前に抱きついて、キスしたらチンポがボッキしたってこと」
「ちっ……!?ち、ん、ぽって……なに、言って……ボッキしたって、ど、どういう、ぼ、ボッキ?それは、その、あの」
 義勇は思わず空になった牛乳パックを取り落として立ち上がり頭を抱えてしまう。身体中の血がすべて頭に上ってしまったような感覚がする。顔が熱くて熱くて、目の前が真っ赤に染まってゆき、宇髄の放った言葉に驚きが隠せないでいた。
 性器が、勃つ。
 それも、宇髄は義勇を抱くと勃つという。その意味を理解した途端、義勇は意識が薄れてゆくのを感じた。
 身体中から力が抜けてゆく。
「冨岡?……おい、おい義勇!しっかりしろって、義勇!」
 義勇は宇髄の腕に抱かれた途端、ぷっつりとそこで意識が途切れ、宇髄の「義勇!」という己を呼ぶ声を最後に暗闇が義勇を包み込んだ。

-10-

prevnext

×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -