結佳と対面を果たし早くも5日が経過した。昨日は結佳が自ら過去をボクに打ち明け、彼女が負っている傷を更に刳る事になってしまったけれど、結佳は後悔していないらしい。いくら昨日の出来事とはいえ不安に襲われたボクは、病院付近の宿泊先から急ぎ足で結佳の病室へ向かう。結佳は一体病室で何をしているのだろう。もしかしたらこの前のように読者に没頭しているかもしれない。絶えず浮上する感情はボクの心中を支配する。

がらり、音を立てた扉の向こうに彼女の姿はなかった。予想と掛け離れた出来事に、思わず呆然と立ち尽くす。違う病室を尋ねたのかと、再度確認をしてみてもそこには紛れもなく“楠木結佳”と表記されていた。病院の扉を潜り、真っ先に目にするであろう受付で結佳はどこにいるのか尋ねても、受付を担当していた女性は首を傾げるだけで。敷地内に居る事は明確であっても、ボクには結佳の向かいそうな場所なんて分からない。



「一体どこに……」



病棟内をひたすらに歩き回り結佳の姿を捜す。時折ボクに向けられる好奇の視線がこの時ばかりは嫌だった。結佳と共に過ごす中で自身がアイドルという事を忘れがちだったけれど、それが逆に喜悦を感じさせたのだから。結佳と会話を交わしている時、微笑み合っている時、ボクはアイドルの美風藍ではなく、ある少女に恋をする1人の人間として存在を成せている。些細な事でも、ボクにとっては特別な事で。たったの5日にして結佳はボクの中で掛け替えのない存在になっていたんだ。



「………いない…」



病棟内や屋外を隈無く捜索してみても、結佳の姿はどこにも見当たらない。ボクが気付いていないだけで、どこかに居座っているのではないか、そう思案を巡らせたボクは再度、屋外から病棟内に足を踏み入れる。院内を回りつつ辺りを見渡すも、結佳の面影すら掴めない。

ふと、誰かの声が鼓膜を震わせた。ボクが佇む位置から突き当たって右から、真剣な声色が耳に届く。盗み聞きはフェアじゃない、そう思想をめぐらせたボクは踵を返そうと試みる。けれど、微動だに出来なかった。結佳を捜しに行きたい、そんな思いとは裏腹に、ボクの脚は鉛のように重圧が掛かっていて。恐らく声の主は、治療に関わった担当医とその家族だろう。誰について話しているのか知る由もないボクは黙止したまま話に耳を傾ける。



「……先生、あの子は……の病気は…治るんで…か…?」


「……正直に…し上げま…と…このまま治らな……しれません」


「そう、ですか…結佳ちゃんに…と言えばい…か…」



思考が、止まった。

会話を交わす2人は一体誰の話をしていたのか、今ならはっきり分かる。彼女の、結佳が抱えている障害についての内容を伝えていたのだろう。沈みかけた意識を早急に浮上させたボクは、重い脚を無理矢理に前へと踏み出す。今は1秒でも早く、結佳に会いたかったんだ。


結佳を見付けたのは、それから30分後。滅多に人が訪れない屋上に結佳の姿はあった。微風が通り抜ける度に結佳の髪はなびいていて。緩慢な歩みで彼女へと近寄り背後から名を呼べば、ゆっくりと振り向き柔和な笑みを浮かべる結佳がいた。



「……捜したよ」


「ごめんね、何だか外の空気が吸いたくなって」



申し訳なさそうに眉根を下げ儚げな表情でボクを見詰めた結佳に、胸は鷲掴みにされたような痛みを伴った。結佳が言った事はきっと嘘ではないと思う。けれど本心でもない気がしてならなくて。きっと笑顔の裏には秘中している事がある筈で、それは詮索をしたとしても他人が理解出来る事ではないのだと思う。

ふと感じた違和感。一瞬眉間に皺を寄せ容貌を歪ませたのだが、なぜだろう。結佳との距離は近いのにボクたちの間には見えない壁が隔たっているようで、心の距離が遠い。



「今日、おばあちゃんが病院に来ていて、私を担当してくれている先生と話してるの」



静寂に包まれたボクたちの空間を破ったのは彼女だった。儚げな表情が変化する事はなく、淡々と言葉を紡ぐ結佳はきっと、彼女自身が抱えている記憶障害の病気が完治しない事を察しているのだろう。僅か16歳の少女に突き付けられた残酷な事実に、ボクは唇をきゅっと結んだ。ボクという非力な存在に一体何が出来るのか、それすらも分からない。



何も知らないフリをした金曜日
(君のおばあさんと先生の会話を聞いた、そう告げる事が出来なかった)



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