僅か1日という短い期間でありながもボクの願いを聞き入れてくれた那月と翔は、再度アイドルとしての仕事に追われているらしい。猶予の利かない休日、仕事が立て込む者にとってそれがどれ程までに貴重なのかボク自身も理解している。故に尚更、後輩に感銘と感謝を抱いた。今日は今まで同様、病室にボクと結佳の2人だけ。結佳にはっきりとした恋情を抱いてから、結佳と過ごす日々の中で何かある度にやたらと動悸が走る。現在も例外ではなく、ボクの身体は現在進行形で異常な速度の脈を打っていた。



「……この前、ボクのマネージャーから連絡があって、」



普段より快活に滑るボクの言葉。結佳の事が好きだとはっきり自覚してから、以前のような装いが困難になってしまった事など、結佳は知る由もない。



「今週の休暇明けは、仕事が沢山入るだろうから覚悟してなさい、って言われたよ」


「じゃあ、テレビ画面越しでも藍ちゃんに会えるんだね」


「まぁ…そうなるかもね」



はぁ、とため息を零せば結佳はボクの瞳を見詰め、幸せが逃げちゃうよ、と言葉を零す。思わず眉を下げ困却を見せれば柔和な微笑みを見せる結佳の姿。そして、一呼吸置いたかと思えば神妙な顔付きで何かを思い馳せている様子の結佳がいた。



「…結佳、どうしたの」


「……あのね、藍ちゃん」



その声色はどことなく重い。ふと結佳の瞳を見詰め返せば決意を宿したような視線がボクと交錯する。結佳自身が言い出すまで待ち焦がれていると結佳は瞳を伏せ俯いた。重苦しい空気が、病室全体を纏う。



「私の事について、話しておきたいの」



顔を上げた結佳の表情も声色も、真剣だった。冗談などではなく、心底からの思いが口を吐いたのだろう。思わず息を呑み黙止すれば、結佳は口を開く。



「私を育ててくれたのはね、おばあちゃんなの」


「………うん」


「お母さんとお父さんは、私が記憶障害の病気を持ってる事を知って、私をおばあちゃんに預けたままどこかに行っちゃった」


「……………」


「障害が発覚したばかりの頃は、消えた記憶を取り戻そうと頑張ってたみたいなんだけど、疲れちゃったんだって。おばあちゃんがね、両親が私に残した手紙を渡してくれて…そう書いてあったんだ」



治療方法はないかもしれないけど今はこの病院で頑張ってるんだ。そう呟いた結佳はどんな思いでボクに過去を曝したのだろう。長年の月日を経たとしても、ボクには決して理解する事の出来ないであろう結佳の心中に秘めた思い。ボクは彼女の事を何も知らなかった。今までどんな思いで日々を過ごして来たのか、どんな思いでボクにファンレターを送り続けてくれていたのか。ボクには、何も、分からない。



「…………結佳、」


「……なぁに?」


「もっと教えてよ、君の事」



堪らず、ベッドに上半身を起こした状態の結佳を抱き締めた。唐突な出来事に身体を強張らせた結佳は次第に力を抜き始める。ボクの腕に納まってしまう彼女は、これ程までに小さな身体で様々な事柄を抱え込んで。



「泣いて、いいんだよ」


「…………で、も」


「ボクが全部、受け止めるから」


「……あい…ちゃ…ひっく…ふ、ぅっ……あいちゃ、ん…っ…」



糸が切れたかのように絶えず嗚咽を洩らす結佳を抱き締める腕に力を込めた。君はひとりじゃないんだって事を教えてあげたかった。ボクまで涙を流してしまったら意味がないから。強く強く歯を食い縛って、苦悶に顔を歪ませて。



「………話してくれて、ありがとう」



喉の奥がぐっ、と苦しくなり呼吸さえままならなかったボクの声はか細い。それでも、ボクを抱き締め返す結佳の腕に力が込められた事が確かに分かったんだ。



泣きたくなった木曜日
(ボクの腕の中で涙を流す彼女がとても小さく感じた)



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