暖かく柔らかな木漏れ日がカーテンの隙間から病室内に降り注ぐ中、未だに寝呆け眼の結佳を見据え一言。



「まだこっちに居られるようになったよ」


「…………え?」



詳細を何も知らない、それ以前に目を覚まし即座に耳にしたボクの声色に、結佳が目を見張るのも当然の出来事だと思う。ボク自身も先程ここに訪れ、その瞬間タイミングを見計らったかのように残留する事が出来るという内容を伝えられたのだから。事の発端は、病院に向かった事を認知している室井さんからの唐突な連絡だった。仕事帰りの訪問は大変だろうから、とスケジュールを調整し今週は全日オフにしてくれたらしい。大変なのはボクではなく室井さんだった筈なのに、余計な心配をかけまいと気遣ってくれたのだろう。

今日は偶然にも、ボクだけではなく後輩たちまでもが休暇を貰っているとの事だ。何でも、シャイニング早乙女の粋な計らいだとか。月曜、火曜はボクと結佳の2人で些細な時を過ごしたけれど、今日は後輩を紹介するのもいいかもしれない。そうなるとボクが指導に当たった那月と翔が適任だろう。トキヤと真斗は堅苦しく、レンは性格を考慮、音也に関しては初対面であってもすぐに打ち解ける事が出来るけれど少々騒がしいし、セシルは言動が意味不明。出会い早々、結佳が手の甲にキスでもされてしまえば狼狽える他なくなってしまうだろうから。



「今日はボクの後輩を紹介したいんだけど、平気?」


「私は全然大丈夫だよ。寧ろ嬉しいな」



微笑む結佳にボクもまた微笑み返す。少し待ってて、と言葉を残し病室を後にしたボクはおもむろに携帯を取り出した。翔への連絡を試みれば、耳に届くのは呼び出し中の発信音。規則的な音声がぷつりと途切れたかと思うと翔の明るい声色が鼓膜を震わせる。



『もしもーし』


「翔、今日は特に用事はないよね?」


『相変わらず唐突だな…まぁ用事はないけど…』


「ふーん。君も暇だね」


『お前が聞いたんだろっ!!』




うるさいよ、その一言で発言を遮れば言葉に詰まる翔が電話越しに認識出来た。ここで言い合いをしていても物事は一向に進行しない、そう思案を巡らせたボクは早々に話を切り出す。



「ねぇ、君にお願いがあるんだけど」


『………お願い?』



ボクが滅多に他人を頼らない事を認知している翔は多少言葉を詰まらせた後、疑問を宿した声色でボクに尋ねる。ボクは詳細を話し始めた。今までボクにファンレターを送り続けてくれていた彼女の事、その彼女と実際に対面している事、そして、彼女が記憶障害の病気を持している事も。ボクが電話越しに口を開いていた間、翔は何も言わず静聴し、全て話し終えれば分かった、と承諾の言葉を零す翔がいた。



「今から病院の住所と病室番号を教えるから」


『…えっ、と…紙とペンは…あった』


「いい?まず住所は…、」



淡々と述べるボクに対し聴覚を震わすのは慌てたような翔の声。通話を終える直前、那月も連れて来てよ、と言葉を残し連絡を途絶える。音声の繋がっていない電話を見詰めながら心中でありがとうと呟いた事など翔は知る由もないだろう。


結佳の病室で他愛ない会話を交わしていた刹那、病室の扉が音を立てて開いた。彼女とボクが同時に扉へ視線を向ければ、そこに佇んでいたのは翔と那月。微笑を浮かべながら緩慢な動きでボクたちの元へ歩み寄る2人に、ボクもまた降ろしていた腰を持ち上げる。いくらシャイニング早乙女の計らいとはいえ、貴重な休日だという事実に変わりはないのだから休息を摂りたかったかもしれない。にも拘らずボクの願いを快く承諾した2人に感銘を受ける。ありがとうと謝礼すれば彼らは照れ臭そうに微笑んだ。



「あいちゃんは本当に優しいですねぇ」


「別に、ボクは優しくなんかないよ」


「でも、あんなに俺たちを頼る藍なんて初めてだ」


「藍ちゃん、そうなの?」



褒めてるんだか貶してるんだか、挙げ句の果て翔と那月に便乗した結佳までもが問い質す。順に尋ねる3人に困却し眉根を下げた。何だか気恥ずかしくなってしまったボクはふいっと視線を逸らし彷徨わせる。その反応が可笑しかったのか、結佳はくすくすと笑みを洩らした。



「……何で笑ってるの」


「ううん…なんでもない」


「嬉しそうだな、えっと…名前分かんねぇや」


「彼女は、楠木結佳。ボクに3年間も手紙を送り続けてくれて、今回会う形にしたんだよ」


「ユイちゃんとお呼びしてもいいですかぁ?」



病院の一室で騒々しくなってしまった事実にボクは頭を抱える。いくら室内とはいえ、沢山の患者がボクたちと同じ病棟にいるのだから注意を払うべきだ。はぁ…と嘆息を零したボクに、藍ちゃん、と声を掛けてくる結佳。彼女に目を向ければ、柔和な笑顔でボクを見据えていた。



「ありがとう、藍ちゃん」



心からの喜悦を宿したような結佳の発言にボクの心がほわりと温かくなって、尚且つ何かにぎゅっと締め付けられるような感覚に苦しくなって。ああ、そうか、なんて悠長にこの感情の原因を思案すれば答えは簡単だった。不明瞭だったボクの感情が後輩を招いた事によって明確になっただけの事。思わず微笑を浮かべれば、3人に凝視されてしまったけれど。



少しだけ近づけた水曜日
(ボクは君が好きだと、今ならはっきり言えるよ)



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