ボクにファンレターを送り続けてくれていた記憶障害の少々と、待ち焦がれていた対面を果たした昨日から日が経った今日はドラマ撮影の日。概要としては難聴の病気を持した少女とアイドルという肩書きを持つ少年の話で、ファンタジーでなければベタな学園ものでもない、言うなれば日常に潜む非日常だ。誰しもが起こり得る可能性を秘めた難聴を取り入れているこのシナリオは、どこか彼女とボクの物語に類似していた。勿論、ボクが演じるのは難聴の少女と関わるアイドルの役だ。



「……室井さん、結佳は強いと思うんだ」


「結佳?…ああ、昨日会った彼女の事ね」



待機している際、唐突すぎる話を切り出したボクに対して室井さんは何の文句も言わず話に耳を傾け返答を返してくれる。昨日、ボクの我が儘とも言える願いから彼女の居場所を特定する為、誰かと電話越しに会話を交わしていた室井さんの行動から推測すると室井さん自体は結佳と対面をした事がないのだろう。それにも拘らず相槌を打つ室井さんは酷く優婉だと思う。



「彼女は…結佳は、いつも1人きりであの病室にいるのかな」


「どうかしらね…でも、今の彼女の年なら学生で、普通だったら友達とどこかに出掛けたり…青春を謳歌してる筈じゃないかしら」


「でも結佳は学校には行けないでしょ?なら友達もあまりいないんじゃない?」


「本人に聞くのが1番早いのだろうけど、簡単に聞く事なんて出来ないわよね」



そうだね、と言葉を零し目を伏せたボクは様々な思案を巡らせた。もしボクがアイドルではなく一般人で、彼女の友人や幼なじみという存在だったならば、毎日でも彼女の病室に足を運んでいるに違いない。今更そんな絵空事を並べたところでどうにもならない事なんて明確なのに、どうしても空虚な感情を覚えてしまう。ボクの推測通り、彼女が日々をあの病室に1人きりで過ごしているとしたらボクには一体何が出来る?



「ほら、藍、貴方の出番よ」



室井さんに出番を促されたボクは多くのカメラの前へと足を運ぶ。この撮影が早く終わったなら彼女に会いに行けるかもしれないと思想しただけで、身体は勝手に動作するのだから不思議だ。役に感情移入し、難聴の病室を持した少女と関わるアイドルの少年に成り切ったボクは“彼”のセリフを口にしていく。



『希望を棄てるなんて、悲しいよ』



難聴の少女が自身の病気に対して希望を失い、全てを諦めようとした際にアイドルの少年は強い毅然を見せる。彼にとって、病魔と戦う少女の姿は過去の自分と重なって見えたからだ。



『ボクも昔、声が出なくなってしまった事があるんだ。悔しくて苦しくて、何度も諦めようとした』



もう声を発する事は不可能だと何度も宣告されてきた彼は歌も希望も棄てようと、藻掻き苦しんできた。声が出ないのであれば、自分の存在理由はないのではないかと、幾度もそう思惟を巡らせて。



『でも…何があっても、例え病魔に侵されたとしても、絶対に諦めてはいけない。強い願いは…』



――奇跡を起こすのだから。


このセリフを口にした所でこのシーンは終了の筈なのにカットが出されない。疑問に思ったボクはカメラへと視線を向けスタッフの存在を確認したのだけれど、驚愕に襲われた。その場に居た者は皆、頬を涙で濡らしていたのだ。監督までもが放心状態になりつつ涙を流していた姿を瞳に映したボクは目を見張る他なかった。


撮影後、瞳を赤く腫らした状態の室井さんに、結佳の元へ向かいたいんだ、と切願を零せば許可を出してくれた為にボクはすぐさまタクシーを捕まえ車内へと乗り込んだ。腕時計を横目に確認すると現在の時刻は18時。ドラマ撮影が開始し終了するまで2時間が経過していたけれど、時の流れなど微塵も感じさせなかった。それはきっと、彼女に会えるという事実故だろう。

車に乗り込み1週間走らせた場所に結佳が在中している病院はある。来るのは今回で2度目だが、何度窺っても立派さに瞠若してしまうのは致し方ないと思想した。病室番号は認知している為に不備はないけれど、緊張だけは解れない。

病室の扉に手を掛けたボクはゆっくりと横に動かし、室内へと足を踏み入れる。結佳は読者中だった様子で、ボクの姿を窺った後、彼女自身の手元に置かれていた栞を挟み込みぱたりと閉じた。



「藍ちゃん、また来てくれたんだ」



ありがとう、と微笑む彼女を見るだけであの時の思想が蘇ってしまう。結佳は毎日この病室内で横たわり1人で時を過ごしているのかもしれないと、推測でしかない思想は脳内を駆け巡り止まる事を知らない。



「ねぇ、結佳」


「なぁに?」


「その…君はいつも、」



1人きりで日々を過ごしているの?その言葉が紡がれる事はなかった。尋ねたい思いとは裏腹にどうしても胸の奥底が苦しくなって。聞く事が、出来なかったんだ。何でもないと誤魔化したボクに結佳は疑問符を浮上させていたけれど。きっと、彼女は余計な詮索をされたくない筈。様々な感情が交錯したボクの心情を見透かしてしまうような彼女の双眸には、この先の未来を見据え、希望を宿していたように感じてならなかった。



「今日はドラマの撮影があったんだ」


「えっ、どんなお話なの?」


「そうだね…一言で言い表すのは難しいけど、強いて言うなら…」



少しだけ、ボクと君の物語に似ていたよ。そう返答すれば喜悦に容貌を歪ませた彼女がそこに居た。



笑顔にときめいた火曜日
(胸の奥底が苦しくて、少し泣きそうになったんだ)


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