「藍、今日も来てるわよ。あの子からの手紙が」


「そう。ありがと」



楽屋に戻り早々、ボクの担当マネージャーをしている室井さんから手渡された一通のファンレター。“あの子”と聞いただけで名が浮かんでしまうのは、今回の手紙が初めてではないからだ。ファンレターを貰い始めて、かれこれ3年。アイドルとして活動している以上迂闊な行動は出来ないけれど、流石に3年という長期間も手紙を貰っていれば誰だって相手の素性が気になってしまうだろう。



「ねぇ、この手紙の送り主に会ってみたいんだけど」


「本気で言ってるの?」



呆然とした表情で返答されつつもボクは言葉を返す。冗談な訳がないでしょ、と素っ気なく呟けば長い沈黙。張り詰めたような空気に耐え兼ねたであろう室井さんが小さく零したため息をボクは聞き逃さなかった。



「会ってもいいの?」


「仕方ないわね…貴方の事だから、一度言ったら聞かないんだろうし」



ちょっと待ってなさい、室井さんはそう言葉を残しおもむろに携帯を取り出す。携帯を左手に持ち変えたかと思うと空いた右手で紙とペンを用意し何かを書き綴っていった。室井さんがボクのマネージャーで良かったと心から思う。彼女はやるべき事に抜かりなく、行動が早い。ボクはそんな彼女に手を貸して貰ってばかりで、今回も迷惑を掛けてしまったと自重した。



「……はい、これが現在彼女がいる場所よ」


「……本当にこの住所で合ってるの?ここに、彼女が居るって事?」


「勿論。明日のスケジュールは特に埋まってないから、休暇ついでに行って来なさい」



ボクは一言、ありがとう、と呟き楽屋を後にする。自宅へ帰宅しても室井さんから受け取った彼女の元へ辿り着く事の出来る文字を眺めては疑惑に襲われた。紙に滲んだ文字は通常の住所ではないという事が明確で。普段より早々にベッドへと身体を預けたボクは静かに瞼を閉じる。明日対面出来るであろう彼女の姿に胸を弾ませながら。


翌朝、ボクは普段より早急に起床し、身支度を済ませ自宅を出た。マスコミには決してばれないように、と室井さんから念を押された為にだて眼鏡を装備し帽子を深く被るスタイルで周囲の目を恐れるかのようだった。



「………ここ、か…」



タクシーを捕まえ、走る事約1時間。辿り着いた場所にそびえ立つ立派な病院に思わず目を見張る。あの時、室井さんから受け取った住所はこの病院の住所であって、だからこそボクは疑問と困却に襲われた。彼女は本当に、ここに居るのかと。酷く重く感じる足取りを前へ前へと進めていき彼女が居ると思われる病室前で思わず立ち竦む。2回のノックの末、扉に手を掛け、がらりと横にずらせば視界を埋める光彩。



「…………誰?」



女性の柔和な声色が、聴覚を満たす。そこにはベッドに横たわりボクを見据える彼女の姿。出会う事をずっと夢見ていた彼女の姿はどこか弱々しかった。



「……ここでは初めまして、かな…。ボクは、」


「藍……ちゃん?」


「…………え、」



ボクが自ら名を名乗る前に声を発した彼女の双眸は大きく見開かれ輝きを増す。3年間も手紙を送り続けているのだから現在のボクの姿を窺ったとしても一目瞭然なのだろうけど、いざ名を呼ばれると驚愕を隠せない。緩慢な歩みで彼女の元へ寄り、再度声を掛けた。



「…改めて、ボクは美風藍。今まで沢山、手紙をありがとう」



君に会ってみたかったんだ、そう告げれば喜悦にふにゃりと容貌を歪ませた彼女の姿がそこにあった。



「初めまして、藍ちゃん。私は楠木結佳。ずっとずっと、ファンでした」



そして彼女もまた、自身の名を名乗る。これからもずっとファンです、という言葉と共に。そしてボクたちは視線を合わせ、再度微笑みあう。脳裏に焼き付いた彼女の笑顔に鼓動が速まる理由を思案しながら。



気持ちに気付いた月曜日
(いつからか、感謝は恋情へと変化を遂げていたのかもしれない)



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