ネズミはとても美しい人だけど、ネズミとのセックスはさほど美しいとは言えない。むしろ汚い。ぼくは喉元を晒し、ネズミはまぶたから一粒の汗を落とし、ぼくは血が滲むほど拳を握りしめ、ネズミは悲しそうに眉根を寄せる。
すべて終わったあとは、ほとんど言葉を交わさずに、ひっそり眠る。お互い背中を向けて、弾んだ呼吸を整えていく。目を閉じて、心臓のあたりを意識する。まだきちんと興奮を抑えきれていないのだ。
全身がふやけたように濡れていて、特に性器のまわりが体液でねばつくものだから、ぼくはうまく眠りにつくことができなかった。さらにぼくは、怯えていたのだ。汗でしとりとしたネズミの背中は、ぼくの身体を吸い込んでしまいそうで、恐ろしかった。無言でぼくの頭をばりばり食べてくれるのではないかと、考えるだけで背筋が震えた。
ネズミはぼくとの会話を嫌う。劇場の花形に似合う饒舌を持ち合わせているくせにだ。
そういうわけで、地下室の中でネズミの声音が響くことはまあ少ない。彼が口を開くのは大抵イヤミか文句を吐き出したい時だ。その時のいやらしい顔ったらない。
「これだからおぼっちゃんは」
ネズミが言う。
「このスープ、もう少しマシな味にできなかったわけ」
ネズミが言う。
「いつまでシャワー浴びてんだよ」
ネズミが言う。
「あんたくさいよ。犬といっしょにいすぎて犬になっちゃったんじゃないの」
ネズミが言う。
「いいか、おれがどこにいたって何したってあんたに関係ない。いちいちそんなことで口出しするな。鬱陶しい」
ネズミが言う。
「あんたとセックスがしたい」
ネズミが。
大抵、10分もすれば呼吸が正常に戻り、なけなしの毛布では暖をとれずに起き上がる。ぼくは床に脱ぎ捨てた衣服を拾い上げ、いそいそと着衣する。ほんの一時間前、獣のように剥ぎ取った衣服を。何もかもさめきった身体に包ませる。涙が出るほど、惨めな着衣だった。
「あんたとセックスがしたい」
うるさい。
ネズミとの性交渉は何一つとていいことがない。ぼくとネズミの心が抉れ、空腹感は増すばかり。ネズミがぼくが触ったことのないようなところまで指を滑らせ舌を這わせていくたびに、誰にも見せたことも自分ですら見たこともない仕草を相手に見せるたび、ぼく達の自尊心は少しずつけれど確実に削られていく。ぼくがぼくでなくなってしまうんじゃないか。ネズミがネズミでなくなってしまうんじゃないか。ぼくはそのことを考えるたび、頭が割れそうになってしまう。
―――こんなことになるんならネズミに頭をばりばり食べてもらったほうがマシだ。
―――無言でもいいから。
「あんたとセックスがしたい」
こんな言葉いらないから。

服を着て再度ベッドにもぐりこむ。ネズミはまだ、赤ん坊のままだ。
きみはバカか。ぼくは呆れてしまう。あんなにぼくを乱した性器も唇も指先も、毛布一枚で隠して何になる。いやらしい。
「あんたと、」
うるさい。
ネズミはとても美しい人だけど、ネズミとのセックスはさほど美しいとは言えない。彼の裸体が色づいていくさまは涙が出るほど美しいけど、彼とのセックスはさほど美しいとは言えない。むしろ汚い。
だというのにぼくは今日も、そして明日も。生きていればの話だが、ぼくとネズミは、消えていく。少しずつ、消えていく。


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