たぶん好きだったのだろう。ずっと前から。いつからとか、そんな細かくは覚えてないし自覚もなかったけれど、僕はずっと、ずっと好きだったのだろう。
おもいきって正直に打ち明けたら、兄さんは顔をしかめ、苦々しく口をまげて割りばしを置いた。
「味噌が固まってた。からい」
兄さんがラーメン屋の店主に文句を言う。店主は頭をかきながら謝罪をのべた。
「すみません、作りなおします」
「大丈夫です、十分うまいですから」
兄さんはまた割りばしを手に持ち、味噌ラーメンをすすり始めた。
ずっずっずっ。黄色の麺が音を立てて兄さんの腹におさまってゆく。
兄さんは成人してから急に視力が落ちたので、メガネが欠かせなくなった。メガネが真っ白になっても、しかし兄さんは箸を止めなかった。僕は、兄さんの、曇りきったメガネを外してやりたいと思った。
「おいしそうに食べるでしょう」
僕はカウンターを挟んで目の前に立つ店主に言った。
店主は僕の、一世一代の告白を聞いていたであろうから、ちょっぴり困った気持ちをにじませながらええと頷いた。
「この人、ここのラーメンが好きなんですよ」
「ああそうなんですか、ありがとうございます」と店主の愛想笑い。
「特に味噌ラーメンが好きみたいで」
「そうなんですか」
「だから味噌ラーメン食べさせてから言おうって決めてたんですよ」
「はあ、そうだったんですか」と店主の苦笑い。
僕、ずっと前から兄さんのことが好きだったんだ。
たぶん、ずっとずっと、自覚がなかったけれど、好きだった。もちろん今も好き。
ずっとずっと、これからも好き。ふられてもずっと好き。
だって好きになった人間なんて一人しかいない。……いなかったんだ。
「ごちそうさん」
はああ、と兄さんが満足そうに腹をさすった。
僕は立ちすくむ店主にお勘定と言って席を立った。
僕の一世一代の告白は、お金になおすと790円だった。
「うまかった」
店を出て兄さんが言った。
「雪男もなんか食べればよかったのに」
「僕はいいんだよ」
「でも一人で食べるのってすげえ気まずいんだけど」
「あんなにズルズル言わせて食ってたくせに」
「ラーメンはズルズル食うもんだろう」
兄さんはけたけた笑った。腹をさすりながら、幸せそうに。
僕は、790円分軽くなった財布をにぎりしめ、兄さんにもう一度好きだと言った。
「さっきも聞いたよ」
兄さんは苦笑した。
「聞いてなかったのかと思って」
「聞いてたよ、ちゃんと聞いてた」
「じゃあ無視しないでよ」
「だってさ、なんでラーメン屋のカウンターでそんな話を聞かなきゃならんのかなって」
「ラーメンすすりながら?」
「ラーメンすすりながら」
好き。ずっと前から、ずっとずっと好き。
ふられても好き。だってずっと好きだった。
これからも、味噌ラーメンを食べる姿を見て飽きないくらい、すごく好き。
「好き」
「聞いたって」
「僕、せっかちだから」
「ほんとだよな、もう」
兄さんが笑った。
笑った顔が好き。
いいや、ぜんぶが好き。
「ばあか」
正直に打ち明けたら、兄さんは初めて顔を赤らめた。