冷たい台所で、兄さんはかがみこんで真剣になにかを見つめていた。どうしたのと問いかけると、温泉たまごを作っているのだと振り向かずに返された。つまらないので兄さんの背後に立ち、目の前にあるわき腹をくすぐると、まじでうざい、と呟かれて、手を引っ込める。兄さんの肩ごしにしゅんしゅんと湯気をだす片手鍋を見つめると、真っ白いたまごがふたつ転がっていた。

「僕の分も作ってくれるんだ」
「ばあか、全部俺が食うんだよ」

兄さんがお鍋のなかに人差し指をそっとさし入れる。あち、と言ってすぐ手を引き、人差し指と親指をすりあわせる。

「そりゃ熱いよ」
「ちょっと触るには熱いくらいが、ちょうどいいんだよ」
「あとどれくらい茹でるの」
「あの時計が、6のところにくるまで」

あと10分後だった。

「本当にこれで、温泉たまごができるの?」
「できるよ」
「でも、これ、温泉じゃないのに」

うっせえな、と兄さんが言った。

「できたらちゃんと食わせてやるから待ってろ」
「あ、食べさせてくれるんだ」

そのとき、はじめて兄さんは振り返り、僕を見た。
あとすこし近ければ、兄さんとキスしてしまいそうだった。僕は反射てきにのけぞった。

「なんだよ」

兄さんが言った。

「そんなに嫌がんなくてもいいだろ、雪男さんたら」

と言い、また片手鍋に向き直った。しゅんしゅん、と湯気がたちのぼる、触るとちょっと熱いお湯に指を入れて熱そうに引っ込めて、兄さんは、兄さんは温泉たまごを、作っていた。
僕は頭が沸騰してしまいそうだった。しゅんしゅん、ではなく、ぐらぐら、と頭が湯だってしまいそうで、ほとほと困ってしまった。

「兄さん」
「なに」
「わき腹くすぐったら怒る?」
「怒る」

かちかちの茹でたまごになった僕は、長い長い10分間を、兄さんの後ろで、じっと待っていた。



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