まるでひと昔前の青春ドラマのような展開で、雪男と男子生徒(雪男と同じクラスではじめに好きと言ってくれた)が校舎の隅っこでキスをしていたとき、その現場を偶然にも見つけられてしまった。相手も悪かった。
雪男の兄さんは苦々しい顔で雪男を見つめた。ただ見つめていた。何も言ってこないので、雪男はかえって不安になる。
男子生徒は雪男と雪男の兄さんが兄弟であることを知っているため、そそくさとどこかへ消えてしまった。
あの野郎、と雪男は見えなくなった男子生徒をねめつける。しかし、ねめつけた後は、なにもすることがなくなり、非常に困った。ますます密度を増し、重たくなった空気に雪男はたえられそうもなかった。
兄さん、と呼びかけると、雪男の兄さんは雪男から目をそらし、もときた道を引き返そうとのろのろと足を動かした。雪男はあわてて雪男の兄さんを追いかけた。

「兄さん」

と雪男の兄さんの肩をつかむと、

「触んな、汚い」

と払われてしまった。まったく予想通りの反応だった。
しかし雪男は元来しつこい性質だったので、次は雪男の兄さんの手のひらをおそるおそる握ってみた。今度ははね除けることはされなかった。顔色をうかがうと、雪男の兄さんは変わらず苦々しい表情で床を見下ろしていた。そうやって歩いていたらいつか壁にぶつかるよ、と注意しかけたが、手を繋がせてくれたのはもしや、自分が壁にぶつからないように引っ張ってもらうためだったのかもしれない、と思い、雪男は黙ってそのまま歩いていった。
しばらくすると、か細い声がした。まだまだ人気のない廊下の真ん中で、雪男は雪男の兄さんに顔を向けた。雪男の兄さんも雪男を見つめていた。先ほどのような嫌悪感まるだしの表情はなく、元気のない瞳がごろごろと雪男を見上げていた。
お前になんて言ったらいいか分からない、と雪男の兄さんが言葉をこぼす。今にも泣きそうな声でつぶやくものだから、雪男は眉根をよせて唇をきゅっとした。

「ごめんね」
「なにが悪いと分かってないのに謝られると腹が立つ、から、やめろ」
「うん」
「それと、学校でも気にしないみたいに手を繋いでくるのも、すごくいやだ」
「うん」

うなづいて、雪男は惜しまずに手を離した。雪男の兄さんは繋いでいた手をひらを握ったりひらいたりして、気持ち悪かった、とつぶやいた。
教室の近くまで行くと、生徒たちのざわめく音がそよそよと雪男の耳に届いてきた。雪男の兄さんは嘘みたいにけろりとした顔で雪男を見上げ、はじめて笑ってみせた。

「夢を見るんだ」

夢、と聞き返すと、雪男の兄さんは変わらず笑い、

「海の真ん中で、俺はちっちゃい船に乗ってべそべそ泣いてるんだ。なんでそんなところで泣いてるのか分からないけど、たぶん、今日も、この夢を見る、から、すごくいやだ」

と言った。
教室に戻ると、はじめに好きと言ってくれた男子生徒がかけよってきたが、雪男はとりあわなかった。


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