一週間ぶりに洗濯機をまわした。二回まわして、そのあと一時間かけて外に干した。曇っていたけれど外は暖かだったから、夕方にはジーンズもぱりぱりに乾いていた。
 今日の夕飯は中華丼に決めていた。昨日の深夜番組で見た、何でもない中華料理店の中華丼に頭がいっぱいになってしまったのだ。無性に食べたくなったけど、深夜に何かを口にするのは気持ちの悪い行為なので、仕方なくもやもやした頭を抱えて眠りについた。雪男が帰ってきたのはそれから30分もしなかった。すれ違いになってしまった、と俺は眠ったふりをして雪男が部屋の空気を動かしているのを目を閉じて聞いた。
 新しく購入した炊飯器は三段階に圧力をかけられるもので、初めて使うものだから思いきり圧力をかけて炊いてやった。しかしこれがまたえらく時間がかかり、雪男が帰ってすぐ夕飯にしたかったから、蒸す時間さえ無くなって俺は不満に思った。炊きたての夏の米は甘い匂いがして、餡に合わないくらい柔らかだった。
 中華丼の餡は初めてにしてはよく出来たと自分でも思う。水煮してあったたけのこときくらげ、薄切りにした人参としゃきしゃきとした白菜、それと蜊。(蜊は大根と一緒にお味噌汁にもした)。夏になってからやたらネギを食べるようになったので、細かく刻んだネギも無意味にどっさりと入れた。カレーで使う鍋に入れていったら、いつの間にか三日分の餡が出来てしまって、少し驚いた。おそらく半分以上、二人は飽きてしまって捨てるだろう。ちょっと悲しい。甘く煮込んだ餡を柔らかなお米にかけて雪男と食べることに、まるで離乳食みたいな食事をすることに、おそらく飽きてしまうのだろう。
 帰宅した雪男は俺が畳んでおいた洗濯物から身繕い、手早く着替えを済ませた。
 二十歳を過ぎてからの弟は、ますます潔癖でため息をよくつく性質になっていた。

「いい匂いだね」

雪男は言った。

「中華丼だ」
「初めて食べるね」
「結構うまくできた」
「お刺身買ってきたから、一緒に食べよう」

 俺が盛りつけている間に、雪男は散らかったテーブルを片付けて台所の布巾できっちりと拭いた。テーブルが濡れてつややかに輝いた。俺はとてもいい気分で夕飯を並べていった。
 雪男の食事はいつ見ても気持ちのいい食事だった。片手で味噌汁をすすり、イカの刺身を奥歯で噛みちぎる。レンゲでほろほろと崩れていく中華丼をすくい、熱そうにしてそっと口元をおさえた。熱かった、と聞くと、美味しいよ、と答えるところも、とても気持ちが良くて好ましかった。
 雪男は外食を好むが俺はあまり好きではなかった。口にはしないけど、自分の部屋の、ピカピカに磨いたテーブルで向かいあって、雪男に料理を捧げたい。二人で外食をすることも意味があるんだよと言われても、俺は感動さえしたが嬉しくはなかったので、変わらず外食はあまり好きではない。
 綺麗に食べきったお皿を見て、俺は満足にため息をついた。雪男はつやつやとした顔で冷たい麦茶を飲み、目が合うと幸せそうに微笑んでくれた。

「美味しかった」
「なら良かった」
「片付けはしとくから、兄さんは風呂に入ってきなよ」
「いいって」

 俺は椅子から立ち上がって笑った。

「お前疲れてんだから、何もしないで寝てくれ」

 久々の休みは二回洗濯機をまわし、洗濯物をずらりと干し、部屋の隅々まで掃除機をかけて、カップラーメンをすすり、綺麗にした風呂に湯をはって中華丼を作っていたらあっさり潰れた。しかしそれでもいいと思う自分が誇らしかった。
 成人した雪男は外食を好み、潔癖になってため息をつく回数が増えた。それから俺にたいしてうんと優しくなった。とろけるような眼差しで俺を見つめて、離乳食を食べてもおかしくないくらい、雪男は甘えたがりになった。
意味があるとかないとか、俺にはよく分からない考えだった。雪男にとって外食にも自宅で食べる中華丼にも必ず目の前に俺がいる。それでいいじゃないか。二人で食事をして、満足して、セックスをして、寄り添って眠りにつく。何をしたって意味が存在しているから、俺たちは人間として生きていけるのだ。だから雪男のように気にしているだけ無意味、どっさりと中華丼に入れた、青くさいネギみたいに。



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