「カッツ、あのね」

座ったはいいけど、果てしないような沈黙。わたしは黙っているのに耐えられない。から、わたしはカッツにそう切り出した。カッツが、あれはどういうつもりだったのか、とか、なんとか言ってくれやしないかと期待してたんだけど、なあ。まあいい、悪いのは私、悪いのは私だから。カッツは勇気を出して告白してくれたんだ。それをあんなふざけた行動で無碍にしたのはこのわたしだ。カッツは唇を固くつぐんでいた。カッツのピンク色の唇を見ていると、あの日のことを思い出す。わたしは横に座ったカッツの顔を見るのをあきらめた。

「わたし、カッツのことバカにしたわけじゃないの」

カッツはなんにも言わない。きゅっと口を真一文字に結んだままだ。

「ごめんね。わたし、びっくりしちゃって。カッツにその…好きとか言われるとか思ってなくて。うん、告白されたのも初めてだったしさ、混乱しちゃったっていうか」

ちらっとカッツを見る。カッツは俯いていて、表情はよくわからなかった。きれいに切りそろえられた前髪が風に揺れる。それを見てわたしも俯いた。指を絡めて、気恥ずかしさと気まずさを紛らわせる。

「あれからよく考えたんだけどね、わたし、カッツに避けられて…話さなくなって…なんかすっごい寂しくってね、うん、たぶん、わたし、カッツのこと好きなんだと思うん、だよ。カッツといたら楽しいし。でも、カッツはもうわたしのこと好きじゃないよね。あんなことしちゃったし」
「そんなことない」

いきなりカッツが喋るので、わたしはびっくりして顔を上げた。そこには、このあいだとおんなじような、カッツのクソ真面目な顔があった。息をのむ。カッツの真剣な眼差しが痛いくらいに突き刺さる。

「私は、まだ、貴女のことが好きです、本当に」
「じゃっ、じゃあなんで避けたの!」

目を見開いたカッツ。

「それは…みょうじさんに、やっぱりなしだとか…言われるのが…怖くて…」
「なっ、なにそれ」

そんなの、そんなことしたって、なんにも変わんないじゃんカッツのバカ。気持ちはわかるけど、気持ちはわかるけどさ。

「すみません」
「なんでカッツが謝るの…バカじゃないの」
「でも、好きです、あのときは驚いて何も言えませんでした、けど…その、私は」

貴女にキスをされて嬉しかった。カッツが真っ直ぐわたしを見据えてそう言った。そのときはじめて、カッツも男の子なんだと感じた。今まで根暗だけど大人しくてかわいくて、ただのいい奴だと思っていたのが一気に崩れた。きれいめのかわいい系だと思っていたカッツが、凛々しくて男らしく見える。なんだか今まで以上に胸がどきんとした。

「ねえカッツ」
「はい」
「わたし今日からカッツの彼女でいいんだよね」
「はい」
「じゃあさ、」

カッツの唇をじいっと見た。カッツはそれに気づいたらしくて頬を染めた。訂正、乙女かこの野郎。顔そらしやがって。カッツの頬を両手でばしんっ、と挟んだ。無理矢理こっちを向かせる。カッツの目が見開いて揺れてた。

「キス、しよう。今度はちゃんと」

するとカッツはわたしの両腕をやんわりと振り払った。さっきまで頬を染めていた乙女なカッツはどこへやら、覚悟を決めたんだろう、例のクソ真面目な瞳でじいっとわたしを見据える。今度はわたしが顔を赤くする番だった。

「ちょっ、ちょっとカッツ、」
「こういうのは男がするものだと、左近が」

すうっと近づいてくるおきれいなカッツの顔。ふっと触れたやわらかなそれ。ああ、キスしたんだ。あの日したのとはまるで違う、なんだか、なんだか。

「それから、あの」

カッツが重々しく口を開いた。唇に余韻が残っていてわたしの頭はふわふわ、なんだかぼーっとしている。わたし、カッツとちゅーしちゃった、ていうかこれがファーストキスってことにできないかな、この前のアレ、カウントしなくてもいいかな

「その、カッツって言うのやめてもらえませんか」
「へ?」
「だから、その、ちゃんと名前で呼んでくれませんか」

さっきのかっこいいカッツがまたどっかいった。乙女カッツが戻ってきて、気恥ずかしそうに目をそらした。それでわたしの頭は正気に戻る。

「それは無理!」

そんなこんなでわたしはまだカッツをカッツと呼んでいるわけだけど、仲良くやってます。マンボウもまだつけてるよ。おしまい。