嗚呼なにゆえ、なまえさんは泣いているのだろう。私は、私はただ彼女を抱いただけだった。いつも彼女が私にすることを、私が彼女にした。そしてその先のことを、少しだけ。ただそれだけのつもりだった。私だって男だから、なまえさんを本能のままにかき抱きたいと思っていた。けれどもなまえさんは男の私にどうこうされるより、男の私をどうこうするほうが好きだというから、私はそれに従っていた。しかしなまえさんがセックスを、本番をしてもいいと言うではないか。それを私が拒む理由はない。私とて男である、なまえさんが快感によがり喘ぐ私を見たがるように私もなまえさんが快感によがり喘ぐのが見たい。私の思うがままにしたかった。何度それを頭に描き、自身を慰めたことだろう。なまえさんが言い出したことじゃないか。なのに、何故泣くのか。いつもの威勢のいいなまえさんは、どうしたのか。
裸で毛布をすり寄せて、さめざめと泣くなまえさんを私は恐る恐る抱きしめてみた。突き飛ばされでもするだろうと思ったが、意外にもなまえさんは私を拒絶しなかった。涙に濡れた右の頬を胸板にすりつけられる。そっと髪を撫でた。なまえさんは鼻をすすった。

「何故泣くのですか」
「……」

するすると首に伸びてくる華奢な腕。裸で抱き合うのがこうも心地がいいなど、私は知らなかったのである。なまえさんが泣いてさえいなければよかったのだが。

「いたかった」
「……すみません」

シーツには確かに、ぽつぽつと赤い染みがあった。

「勝家くん怖いよ」
「すみません」
「こんなのわたしの知ってる勝家くんじゃないもん。いっつもわたしにいじめられてるくせに。なんで」
「痛くしていいと言ったのはなまえさんです。挿れていいと、好きにしていいと言ったのもなまえさんです」

ぐっと胸板を押されて、突き放される。なまえさんは涙に歪んだ表情をしていた。それに私は少なからず興奮した。なまえさんは私のことをマゾヒストとでも思っているきらいがあるが、私はどちらかというと加虐趣味であるような気がする。なまえさんに性的なことを一方的にされるのが嫌いなわけではない。寧ろ好きだ。だがそのなまえさんの優越の顔を崩すことを想像するのが、もっともっと好きなだけだ。
何か言いたげな顔をしているなまえさんを私は静かに見つめた。生まれたままの姿で露わになった柔らかな身体のラインを、視線で舐めた。するとなまえさんはますます泣き出してしまったではないか。嗚咽を漏らして目をこするなまえさんに、私はどうしようもなく興奮した。

「うう」
「私はあなたをずっと抱きたかったんですよ」
「知らない」
「あなたを滅茶苦茶にしたかった」
「ばか」
「好きなんです」

どうしようもなく。
なまえさんは顔を赤くして俯いた。いつもは私に言いたい放題で気の強いなまえさんが、こうも殊勝なのは初めてだった。なんて、かわいらしい。日常でも性的な面でも、私を引っ張り手駒にするなまえさんが私は好きだった。だがどうだ、それとは正反対のなまえさんのこの姿。生唾を飲んだ。腹の底から沸き上がるこの感情は紛うことなき色情の、

「勝家くん」

ハッと我に返るとそこにしおらしく頬を染めたなまえさんの姿はなかった。冷めた目をしたなまえさん、その表情は心なしか引きつっている。瞬間勢いよく投げつけられる枕。顔面に思い切り叩きつけられた。

「なんで勃起してんのよ!」