確かに、俺はみょうじの前でティンバーランドの靴が欲しいと言った。ああ言ったさ。でもそれって、女子のよく言う、きゃーかわいいほしい、でも買わない。なんてのと同じなんだよわかるだろ?そらあったらいいとは思うよ、けどべつにすぐ欲しいとかそういうんじゃないんだよ。金があったらおれはティンバーランドの靴なんかより先にちょっといいサイクルジャージを買うだろう。所詮はその程度さ。おれは今履いてるパチモンみたいなこの靴だって十分気に入っているのだ。

「なんで?手嶋くんほしいってゆったじゃん」

なのに、なんでみょうじはそんな不思議そうな顔をするんだ?そんなことより、なんで買った?なんで俺なんかのために?みょうじの前でティンバーランドの靴が欲しいと言ったのは昨日の朝だ。昨日の今日だというのに、みょうじはまるでチロルチョコでも買うみたいにティンバーランドの靴を持ってきた。はい手嶋くん、これほしかったんでしょ。けろっとした顔でみょうじはそう言うのだ。心の中で誰かが、せっかくだからもらっちゃいなよ、なんて言ったが俺は良心の呵責をおそれてそれは丁寧に断った。ちなみにティンバーランドは放課後ちゃっかりロッカーに入っていた。



みょうじは俺を驚かせるのに一回では飽き足らなかったらしい。次にみょうじが持ってきたのは、見るからに高そうなヘッドホンだった。お、俺はみょうじの前でヘッドホンがほしいなんて言ってないぞ

「きのう話してるの聞いちゃったんだもん」

はっ?

あー、ああ、ああー、はい。…確かに、確かに心当たりはある。青八木に、愛用しているヘッドホンが壊れてつぎどんなのを買うか迷っていると相談されたときだ。俺は言った。どうせならちょっといいやつほしいよな。いや、まさか、それで?黒光りするヘッドホンがみょうじの目みたいで直視できない。これ、いくらするんだ?いくらみょうじがバイトしていたとしても、ティンバーランドの靴をくれた(というより押しつけられた)のもつい先日、どこからそんなお金が出てくるんだろう?まさか、万引き?いや、まさかな。

「あげる」
「い、いらない。そんな、無駄遣いすんなよ」
「なんで?お金のことなら心配しなくていいのに。いいからあげる。手嶋くん、はい」

みょうじの笑顔が不気味に見えた。このヘッドホン、あのティンバーランド、総額いくらだよ。今手にあるこのブツと、仕方なく持って帰ったあの靴のことを思い出して目眩がした。

みょうじが援交をしているともっぱらの噂であることを知ったのは、それからしばらくしてのことだった。