「三成よ、ぬし、最近少し肥えたか?」
ヒッヒッヒ、と刑部は笑った。それから血色がよくなったと付け加えた。刑部は度が過ぎて呼吸困難になりそうなほどの引き笑いを披露して、ファミレスの店員と客の視線を集めていた。そんなことより、肥えたなどと言われたことは人生初、思考が止まる。刑部は何を言っているんだ、肥えるほどの暴飲暴食をするような怠惰な真似など身に覚えなどないが。
「良い傾向良い傾向、ヒッヒッヒ」
「何の話だ」
そこではたと思い浮かんだのはなまえのことだった。あの女と暮らしはじめて以来、そういえば食生活はがらりと変わった気がする。今まで食べようとも思わなかった朝食を毎朝食べるようになった。断れど断れどなまえは試行錯誤を重ね私になんとか朝飯を食べさせようとしてくるのだ。それから毎日大学へ行くのに弁当を持たせる。以前は食べないことも多かったが弁当を残すとなまえはひどく悲しげな顔をするので、最近はきちんと完食する。
「なまえには礼を言わねばならぬなァ」
「……」
「三成が毎日三食食べるなど奇跡よ、キセキ」
なまえには悪いが明日から弁当を断るか。しかし既にあの女の作る今晩の献立を心待ちにしてる自分がいることに、私は相当あの女に絆されていることを実感した。

「ダメ!絶対ダメ、お弁当は作るから」
明日から弁当はいらんと告げたらこの有様だった。頑なに弁当を作ると譲らないなまえに、私は少しばかり困惑していた。朝が苦手なくせに、毎朝毎朝頑張る必要などなかろう。しかしなまえは譲らない、終いには泣き出しそうにすらなっていた。
「わたしのお弁当まずい…?」
「そういう訳ではない」
「じゃあなんで」
「…刑部に肥えたと言われた」
瞬間なまえの顔がぱあっと明るくなった。なんだこの女は、私が肥えたことがそんなに嬉しいのか。
「やったあ」
「どういう意味だ」
「三成くんを健康的にするのがわたしの目標だったの!」
三成くん細すぎるんだもん、と言うなまえは本当に嬉しそうであった。私はいやに複雑である。なまえは私の腹に抱きつくと頬摺りをした。
「三成くんはわしが育てた!えへへ〜」
「……」
「ぶくぶくに太っちゃってくれてもいいんだよ」
「ふざけるな」
そういえば貴様も肥えたな、と頬をつつくとなまえは更に頬を緩ませた。拗ねると思ったがどうしたのか。なまえがどうしようもなく愛おしく思えてきて、私はぎゅっと彼女を抱きしめた。