トリップ




「光秀さん、あれなんですか?」
光秀さんと散歩をしていたら、木に赤いかわいい実がなっていた。同じ日本とはいえわたしのいた時代では見たこともない植物も多い。初めて見るそれは見るからにおいしそうで、わたしは思わず唾を飲んだ。
「山桃ですよ、食べられます」
食べられるんですか、と間髪入れずに聞こうとしていたのがバレていたらしい。光秀さんはくすくす笑った。
「今度秀満にでも取らせましょうね」
「おなかすきました」
空腹に負けてわたしは山桃の木に登ろうとした。意外と高いところになっていて、なかなか届きそうにない。
「およしなさい」
後ろで光秀さんが呆れたように言っていたが気にしない。よし、あとすこし…というところでずるっと足が滑りずでんと転んだ。着物と草履にはまだ慣れない、光秀さんが見立ててくれた小袖が土で汚れお尻はひりひりと痛む、わたしは自分の食い意地を恨んだ。
「およしなさいと言いました」
光秀さんが駆け寄ってきて、呆れながらも心配そうな顔でわたしを覗きこんだ。だいじょうぶと笑うと長いため息をつかれる。
「まったく、あなたのようなじゃじゃ馬は手がかかって仕方ありませんね」
「す、すみません」
「怪我がないならよいのです、私が取ってあげますからあなたは大人しくしていなさい」
背の高い光秀さんは少し手を伸ばすと山桃の実に届いてしまうのがうらやましい。光秀さんは三つほど山桃をもぐとわたしに手渡してくれた。赤い実がやはりかわいらしくて、わたしはうっとりとしてしまう。
「お食べなさい」
山桃をかじる。じゅわっと広がる甘酸っぱさ。
「おいしいです」
「それはよかった」
これに懲りたらお転婆は控えなさいと、光秀さんはわたしの頭を優しく撫でて言った。なんでも冷酷非情と名高い人であるようだけれど、わたしには優しい人だった。
「いつもやさしくしてくれてありがとうございます」
「何ですか突然」
「えへへ」
「…お礼を言わなければならないのは私の方ですよ」
あなたといると少しばかり人でいられます、真意は図りかねたけれどその言葉が何より嬉しかった。