愚図でのろまなわたしは、織田のどこからもお仕えを許してもらえませんでした。侍女なのに掃除裁縫料理すべてが不得手ですぐにドジを踏むわたしはすぐに追い出されてしまうからです。そうして織田をたらい回しにされたわたしは、柴田勝家様のところへ行くことになりました。なぜならわたしを追い出す人はみんな、おまえのようなのろまは能なし勝家のところにもらってもらうといいと笑って言うからです。ゆくあてのないわたしは、雇ってもらえるならどこでもと勝家様にお仕えのお願いをしてみました。わたしの無能さは織田ではそれなりに轟いているので断られるかと思いましたが、勝家様はおやさしい方らしく、わたしは勝家様にお仕えすることになりました。

「なまえと申します。ふつつかものですがなんでもします。よろしくお願いします」

わたしは勝家様にふかぶかと頭をさげました。柴田家は今人手が足りないらしく、わたしはお仕えして早々勝家様の側仕えをすることになったのです。勝家様はぴくりとも表情を変えませんでしたし、なにも言いませんでした。

勝家様はお人形のような方でした。おきれいなお顔立ちはもとより、あまりお話をしたり、笑ったりするような方ではないので余計そう思えました。そういえばわたしは、あまり勝家様がお話しなさっているのを聞いたことがありませんでした。わたしが粗相をしても、勝家様は怒りすらしないのです。あとで女中頭のお静さんにはこっぴどく叱られるのですが。

柴田家に来てからのわたしの仕事のひとつに、勝家様のお部屋にお花を生けることがありました。勝家様が花を愛でるようなお人かはよくわからないのですが、ある一件以来塞ぎ込みがちになってしまったという勝家様の気がすこしでも晴れればと思っていました。

ある日、勝家様がいらっしゃらないあいだに掃除を済ませ、いつものようにお花を飾っていました。勝家様はまだお帰りにならないと聞いていましたので、いつもより向きやら角度やらを凝りました。しかし、予定より早く勝家様がお帰りになられ、わたしはお部屋で勝家様と鉢合わせになってしまいました。なんというご無礼、わたしは心の臓がきゅっとしまる思いでした。あわてて正座をし、三つ指をつきました。

「お、おかえりなさいませ勝家様、ご無礼つかまつります」
「構わぬ」

わたしは足早に勝家様のお部屋を去ろうと思いました。しかし急いで道具を片づけて、お辞儀をしたところで勝家様に呼び止められました。このようなことは初めてでしたし、そもそも勝家様に名前を覚えていただけていたことに驚きました。

「おまえはなぜ柴田家に来ようと思った」

いい噂なんて聞かないだろう、と勝家様は言いました。
勝家様のお声をこんなにもまじまじと聞いたのは初めてでした。わたしは驚いてしばらくお答えすることができませんでした。

「わ、わたしは愚図でのろまなんです。だからどこもお仕えを許してくれるところがなくて」

こんなことを言ってはさすがの勝家様もお叱りになる、と思いました。ですが勝家様はそうかと小さい相づちを返されただけでした。

「おまえは私に似ているな」
「え?」
「…おまえはよく働いてくれている。私の命では不愉快だろうがよろしく頼む」

よく見ると勝家様は微笑んでおられました。こんなにも美しく笑まれる方は、今まで見たことがありませんでした。