わたしは少女漫画が好きだけど、キスシーンは決まって胸のあたりがむずがゆくなる。なんだかいけないものを見ている気がして、そわそわする。映画でベッドシーンなんかがあった日には、わたしは思わず目をつむる。
「はは、なまえ、真っ赤だよ」
笑う真波の向こう側では、カップルがお熱いキスを交わしてあんあん言っていた。真波が借りてきた映画だけど、こんなのなんて聞いてない。ランキングで一位だったのを適当に借りてきたらしいけど、こんなのが人気だなんてどうかしてる。
「だって」
真波はなんとも思ってないふうだった。涼しい顔して画面を見てる。もっとも、真波が真面目に映画を見てるとも思えないけど。ばりぼりポテトチップを頬張る真波、わたしはようやくラブシーンが終わってホッとした。わたしもポテトチップに手を伸ばすと、真波がこっちを見ているのに気がついた。ポテトチップの油で少してかった唇がやけに目立っている。
「そういえばおれたち、まだキスしたことなかったね」
真波はにっこり笑った。わたしは面食らって何もいえなかった。満足に噛み潰してもいないポテトチップを飲み込んだ。キスってどういうことなんだろう、わたしにはよくわからなかった
「いや、よ」
怖いの?と真波は聞く。唇をちゅって、するだけだよ。
そうは言っても、なんだかいけないことのような気がするのだ。怖いのかどうかも、よくわからない。
どうして、食べるところを、息するところを、重ね合わせるんだろう。どうして、そうすると愛が伝わるんだろう。唾液を交わすなんて汚くないかしら。ヒトはキスより先の行為も好むというが、わたしにはとても、
「だめなの?」
わたしの唇はまだ、空気とたべものにしか触れたことがないのに。ぐい、と顔を寄せてくる真波が途端に得体の知れない化け物のように見えた。
「心の準備がある、から」
そっか、と言った真波は素直に諦めたらしかった。わたしは少し気が楽になった。
「また今度ね」
真波が笑うから、わたしは思わずコンソメ味の唾液を飲み込んだ。心臓がばくばく、とてもうるさい。

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