「サスケェ、爪切りなよぉ」

女の間延びした声が鬱陶しくて眉をひそめても、女はヘラヘラと笑っているだけで俺がどう思っているかなんぞにこれっぽっちも興味はないようだった。久方ぶりにあ会ったというのに爪、爪ェ、と女がうるさいので自分の爪に目をやると、確かに、伸びきっていて目障りだった。しかしこんなことを気にかけている暇などなかった。俺にはどうとでもいいことだった。

「男の子は爪を伸ばしちゃいけないんだぞう」
「知るかよ」
「童貞やい」

軽く頭をはたいたつもりが鈍い音がして、女はデカい声を上げて頭を押さえた。色気のない声だとか大げさだと悪態づく前に、自分が力の加減を忘れたことに気を取られた。

「おい、サスケェ」
「…なんだよ」
「爪切ってやるって言ってるんだよ、話聞けよウスラトンカチ」

女に呼ばれるまで俺はなにを考えていたんだか。俺はひとりでモヤモヤしたものを抱える羽目になったというのに、女はお構いなしに俺の爪を切り始めた。ぱちん、ぱちんと小気味よい音と女の鼻歌がなぜだか遠くに聞こえる。気づけば俺の手は先ほど強くひっぱたいた女の頭に伸びていた。「おまえは、」女はぽかんと間抜けな面で俺を見ている。

「おまえは、俺がどうなってもこうやってそばにいてくれるのか」

なにを聞いているんだと思った。全てを捨てたはずの俺がなにを聞いているんだ。なにを、期待しているのか。

「いたいとはね、おもうよ」
いれるもんならね。女は笑った。顔がゆがむのがわかった。俺はなんと浅ましい人間か。

「でも、サスケが全世界を敵に回したら、流石にキツい」

あたしはサスケほど強くないからね、そう言った女にすべてを否定された気がした。今までの行いをすべて無に帰したいとさえ思った。しかし悪いのは俺でなくこの世界だから、この世のすべてを呪って、ぶち壊してやりたいと思った。もうこの女に会うのはやめよう。この女に爪を切られたことも、この女に手加減ができなくなったのも、この女に否定された気になったのも、それがこの女に図らずも恋慕を覚えていたからだということも、すべて忘れてしまおう。そもそも、なにもかも捨て世界を敵に回すことすら厭わない気でいた俺にとってははじめからいらないことだったのだから。留めておこうと少しでも思った俺が愚かだったのだから。俺の爪の残骸をふうと吹き飛ばす女を見て心に決めた。

この女に否定されるのだけは、どうにも耐えられない。