狛枝と出会ったのは一年ほど前だった。変わった奴だとは思ったが一緒にいるうちに気にならなくなった。面倒極まりない男だったが隣にいるのがどうしようもなく心地よかったのだ。告白されて、すぐに付き合うと決めた。狛枝は優しかった。
毎日のように会っていた。いろんなところに行った。短い青春を、目一杯楽しんだ気でいた。事実そうだ。
狛枝は綺麗なものが好きだった。けれど星を見上げる時は寂しそうな顔をしていた。
今日の狛枝は様子がおかしかった。思い詰めたような顔をしている。話したいことがあるのは明確だった。何度か聞いてもあーとかうーとか言っているだけだったがついに口を開いた。まさかあんなことを言われるとは思ってもみなかったが。
「あのね」
狛枝は私の前で律儀に正座して、ぎゅうと膝の上で両の拳を握っていた。思わず私の背筋もしゃんと伸びた。
「僕、宇宙人なんだ」
沈黙。狛枝は握りしめた拳を見つめている。私は狛枝の癖毛を見つめていた。
「あ、そう」
しばらく考えて出た言葉はそれだった。狛枝は目を丸くして、本当だよとか信じてよとか言っていた。頷くと心底驚いたのかほお、と間抜けな感嘆を漏らした。
「あのね、僕の星ではね、他の星に潜入して情報を得る諜報員がいてね、僕はそれの候補生なんだけど、その最終試験がこうして地球に潜入することだったんだ、だからね、こうやって狛枝凪斗っていう人間の体を借りて地球で暮らしてたって訳なんだ」
狛枝は口早に言った。諜報員?試験?体を借りる?なんだかよくわからなかったが狛枝の至極真面目な顔を見ると質問する気にもなれず、そう、としか言えなかった。ひとつ謝らなければならないんだけど、と狛枝は続けた。
「僕がこうして君と恋人になるのも試験の一環だったんだよ」
私の頭の中を疑問符が埋め尽くした。それは一体どういうことだ、狛枝が私を好きだと言ったのは嘘だったと、スパイになるための試験だったと?彼はそう言いたいのか、そうか。
「それは違うよ」
宇宙人は心が読めるのか?こいつはもしかして私の心を読んでいたのか?
「あのねなまえ、始まりはどうだったとはいえ僕がなまえを愛しているのは事実なんだ」
今までのあれこれが脳裏をよぎった。あれも全部試験だから仕方なくやったのか?狛枝はああ言ったが私は何も言う気になれない。
「だってねなまえ、このことは機密事項なんだ。誰にも言ってはいけないんだよ。僕が地球人でないことやこれが試験であることを言った時点で僕は軍から除名され星から永久追放されるんだ」
「何が言いたいのか全然わかんない」
狛枝がようやく口を噤んだ。おずおずと視線をあっちにやったりこっちにやったりしてから、ようやく私の方を見た。
「僕が、星を捨て君を選んだってことだよ」
狛枝の細い腕が私を抱いた。人間の腕だ。そういえば体を借りただのなんだの言っていたが、狛枝凪斗(宇宙人)が狛枝凪斗(地球人)の体を乗っ取ったということだろうか?それならば狛枝凪斗(宇宙人)の本当の姿は一体?狛枝に抱きしめられている間いろいろなことを考えたが答えは出そうにもなく結局、まあ、宇宙人でもなんていっか。と呑気な結論に至った。