塾の駐輪場にいつも同じ自転車があった。カゴのついてない、タイヤの細い見慣れない自転車。緑がかった水色のフレームが眩しい。括り付けてある鍵のチューブに消えかかった字でアラキタと書いてある。
塾の自習室の利用記録にいつも同じ名前があった。殴り書きで書かれた荒北の文字。受験生だから毎日自習室に来るのは特に珍しいことじゃないけれど、何故だかとても目を引いた。

23時を回って帰るのは久しぶりだ。勉強していたわけじゃなくて、自習室の机で長らく突っ伏していただけだけど。受験生としてどうなのだろう。
ママチャリを取りに駐輪場に行くと人影があった。あの自転車に跨がっている。あっ、と私は思わず声を上げた。自転車の主、恐らく荒北くんは鋭い目をこちらに向けた。
「もしかして、荒北、くん」
そうだけど、と彼はつっけんどんに言った。何で知ってんだと目が言っていたので私は慌てて弁解をした。その自転車いつもかっこいいと思ってて、という言葉に荒北くんは少しだけ得意気になった。自転車、相当好きなのだろうか。
「お前、みょうじっつうの?」
彼はケタケタ笑った。
「な、何で知ってるの?」
「今日最後まで残ってたの俺とお前だけだったから、」
なんだか恥ずかしくなっていそいそと自分の自転車の鍵を外した。
「おい」
心臓が跳ねた。
「寝跡、ついてる」
私の右のほっぺを指さして、彼はフッと笑った。そしてペダルを踏む。あっというまに彼方。一人取り残された私。彼に指摘されたほっぺたが、やけに熱かった。