俺の実家は物凄い田舎にある。飛行機も新幹線もなければ鉄道の最寄り駅は車で小一時間、バスは一日二本程度。それが嫌で嫌で仕方なくて、俺は中学で家を出て全寮制の学校に入った。今の今まで一度も帰らなかったが母親にせがまれ嫌々帰ってきた。ひどい重労働だ。暑い夏。風景はまるで変わっていない。生い茂る森、無駄に綺麗な川、畦道、名前も知れぬ羽虫の群、転々と並ぶ古民家。
「兵助?」
変わらぬ田舎ぶりに辟易していた俺に声をかけてきたのは、小学校の同級生のなまえだった。
「なまえ」
東京の女とは違ってセーラー服姿が芋臭い。けれど女らしくなっていた。悪くはないと思った。
「帰ってきたんだ」
「うん」
「いいわね、東京」
「ここに比べれば大抵は天国だろ」
なまえの顔が盛大に歪んだ。東京へ行く俺を一番羨んだのはそういえばなまえだった。
「お前も行けばいいだろ」
「無理よ。お金ないから。あんたんちとは違うの」
「じゃあ、高校出たらどうするんだ」
「知らない。お見合い結婚でもするんじゃない」
「結婚て、」
「何、おかしい?貴志だって来年の春には結婚するわ。兵助がおかしいの。兵助だけよ東京に行くのなんて」
貴志も、昔なじみの友達だ。まだ十代じゃないか。おかしいのは俺じゃない。このクソみたいなド田舎だ。
「こんなとこ出よう、」
焼けたなまえの腕を引いた。暑さにやられていた。ふざけないで、出れたらとっくに出てる。なまえにはねのけられた手が必要以上に痛んだ。