彼は抱えるものが多すぎる、と思った。人類最強と呼ばれる彼は人々の希望と期待を一身に背負う。戦わねばならない。負けてはならない。逃げてはならない。死んではならない。心休まる暇もない。彼は人類の偶像であり続けなければならない。彼を殺すのは巨人ではなく人類かもしれない。
「リヴァイ」
返事はない。今回の壁外調査は、随分と応えたのだろう。多くの人が死んだという。彼の部下も例外ではない。それでも兵は、兵たちの家族は、彼を罵倒するようなことはしない。貴方さえいれば、その視線が彼を刺す。リヴァイは無言で後ろから私を抱きしめていた。心なしか震えているようにすら感じる。私は、彼が人の死をただ無感情に見ていられるほど冷酷でないことを知っている。そして、ひたすら希望の重圧に耐えていられるほど強靱ではないことも。
「最悪だな、この世界は」
彼の重い口が開く。
「うん」
「俺は、皆の思っているほど強くもないのに」
「知ってるよ」
「うんざりだ」
彼は私の肩を押しやり、私を向き直らせた。悲しい瞳。私がそっと唇を寄せると、彼はゆっくりと私の頭を撫でた。口づけがもう一度。嗚呼、時間だ。彼は仕事に戻らねばならない。最強の兵士に、戻らねばならない。