寿一、別れよ。軽い気持ちで言った言葉だった。少々胸は痛んだが、なんてったってエイプリルフール。この男がお堅い野郎であることは重々承知しているけれど、昨日電話で明日から4月だななんて言っていたし忘れているわけでもないだろうに、どうしてこうも固まっているのだ。
「なまえ、」
デカい図体がずん、と近寄る。寿一は今にも泣きそうな顔で、いやこの表現は寿一には使いたくない、がそう形容するしかないような顔で私に詰め寄った。胸倉を掴まれる。
「俺の何がいけなかったんだ」
こやつ、あまりにも真剣だ。今日が何の日か思い出して欲しい。ものすごく悪いことをしている気になってきた。元からあまり褒められた行為ではないとはいえ。
「あっ、や、ちがくて」
「何が」
「え、え」
エイプリルフール、なんてこの状況下笑顔で言えるわけないだろう。しどろもどろで一応言ってみたけど、寿一には聞こえていないようだ。
「お願いだから言ってくれないか」
直すから、だから考え直してくれ。寿一の消え入りそうな声が胸を抉った。私の胸倉を掴む寿一の手が心なしか震えていて、余計に。
「えと、だから、あの」
「俺は嫌だ…」
寿一は力なく胸倉を掴んでいた手を離して、これまた力なく私を抱きしめた。私の知っている寿一はこんなキャラではないはずだけど。あの鉄仮面をここまでにする私ってもしかして相当愛されてるんじゃないのか。
「ごめん寿一、嘘、嘘だから、今日エイプリルフールでしょ、だから…」
流石に寿一がいたたまれなくなってきて、ついでに私まで泣きそうになってきたから白状した。とてつもない罪悪感。初めからこんなことするべきじゃなかったのだと思い知らされる。
「本当か」
寿一が私の両肩を掴んで問いただした。
「うん」
「……」
「ご、ごめん」
「…嘘で、よかった」
ぎゅう、とものすごい力で抱きしめられる。痛い痛いと喚いても、お前が悪いと取り合ってくれなかった。そりゃそうか。
「二度とあんなこと言わないでくれ」
もうどんだけ私のこと好きなんだよ。悪態づきながらも頬は自然と緩んでしまった。