女の子なら周りにいくらでもいる。なにもせずとも寄ってくる。でも肝心の、俺の好きな人は寄ってこない。同じクラスですらない。隣でも。テニス部の取り巻きにもいない。行き帰りの電車にもいない。先月彼女に会ったのは三回。その前は四回。今月は、まだ。会ったといっても、遠目に見るか、よくてすれ違うか。名前を知ったのも最近。こんな恋、やめてしまいたい。
「みょうじさん」
下の名前は知らない。口に出す度好きになる。この目で見てしまえば、もっと。彼女の下の名前も知らないし、彼女に恋人がいるのかとか、誰と仲がいいのかとか、何が好きで、何が得意で、何が苦手で、だとか、全部、全部俺は知らないのに、どうして好きだという気持ちは増すばかりなのか。どうにかなってしまいそうだ。
「みょうじさん」
知りたい。会いたい。話をしたい。名前を呼びたい。声を聞きたい。その声で、どうか名前を呼んで欲しい。
頭の中はそればかりで、教師の声など聞こえない。外で体育をする生徒たちの声も。
「みょうじさん」
ああでも、まさか、あそこで体育をしているのは。彼女のクラスでは、ないか。
目は自然と彼女を探す。どこだ。ああ、あそこに。ジャージ姿は初めて見た。
「あ、」
彼女が上を見上げた。目が、合った。目、が。視力は悪くない。だから思いこみではない。確かに、彼女は、俺を、見た。
ものすごい勢いで目を逸らした。カッと頬が熱くなるのを感じる。喜ぶべきなのかもわからない。目が合うだけでこんなになるなんて、王者立海が聞いて呆れる。おい、幸村精市、しっかりしろよ。自分に言い聞かせてみても、頬の熱は引かないので、机に突っ伏して乗り切ることにする。