日はすっかり傾き始めていて、電車は家路を急ぐ人々で混み合っている。あんなに街中を歩き回ったのは久々だ。みょうじに連れられ、行き慣れない所ばかりを巡った。若者向けの服屋、プリクラ、小洒落たカフェ、雑貨屋。彼女が楽しそうであったから、俺は何も言うまい。俺に彼女が喜ぶようなデートコースを用意できるとも思えないし、みょうじに振り回されるのも悪くはないだろう。
「真田、ごめんね、散々連れ回しちゃって」
「構わん、なかなかに楽しかった」
思った通りを口にすれば、みょうじは気恥ずかしそうに俯いてほんのり頬を染めた。彼女の顔が綻んでゆくのがわかる。
「また行ってもいい」
彼女がそう言い終わるより先に、電車のドアが開き大勢の人が乗り込んできた。呼吸も苦しいほどの満員電車に変わろうとしている。人の波に乗るように、彼女を車両の隅に押しやった。自分が壁になることで少しはマシになるだろう。
「真田、」
自分より頭一つ分以上は優に小さなみょうじが俺を見上げた。上目遣いの瞳がいつもよりぱっちりと輝いて見えるのは恐らく彼女の努力の賜物であるのだろう。今朝着飾った彼女をたどたどしい言葉で褒めたとき、真田のために頑張ったのと照れたように言っていたのを思い出す。なんて、愛しいのか。彼女の装いや化粧は全て俺の為であるなんて。
人混みに押されみょうじとの距離が近くなる。周りは人で溢れていたが車両の隅のこの一角だけは俺たち二人の世界である。次はどこがいい。電車の音に消えるよう、囁くようにそう問えば露骨に嬉しそうな顔をする彼女に、帰り際如何にキスをするか考えねばなるまい。