今度どこかに行くなら、静かでゆっくりできるところがいいな。何気なく言っただけだったけれど不二はちゃんと覚えていたらしく、小さな田舎の島に行かないかとある日持ちかけてきたのだった。ふたりでゆっくりしようよ。不二のその言葉に頷かない理由もなく。人が多いところはあまり得意じゃないから、さらに平日を選んで。不二はカメラを持って、嬉しそうにいろんな風景を写真に収めていた。
「ほら、笑って」
 少し先を歩く、レンズ越しの不二が笑う。不意に言われて笑顔を決める暇もなく、シャッターが切られた。もう、やめてよ。不二は私が本気で嫌がっていないと知っているから、その言葉を気にもしないでくすりと笑って足を進めた。
 少し長い、緩く蛇行した坂道。脇の草むらから顔を出した猫に、不二はとびきりの笑顔を向けている。かわいいね。多分不二はそう言ってるんだろうけど、不二は結構先へ行っていてはっきりとは聞こえない。猫にカメラを向ける彼の姿は、それこそ写真に収めたいくらいには絵になるのだ。
 猫は大人しく何枚か写真を撮られたあと、同じ草むらへと逃げて行った。残念そうに首を傾げてまた先へと歩く不二を遠目に見ながら坂道を上る。首筋にじんわりと汗がにじむのを感じた。
「不二、待ってよ、ねえ、ねえったらあ」
「みょうじ!早くおいで」
 不二はくるりとこっちを向いて、後ろ歩きに私の名を呼んだ。
「だからあ…待ってー」
「あはは、ごめんごめん」
 立ち止まる不二は、どことなくいつもより嬉しそうだった。はあ、坂道しんど。やっぱりテニスしているだけあって、不二はタフだ。不二は待ちかねたのか坂道を駆け下りてきた。息一つあがっていない。
「来ちゃった」
「不二が早いの」
「ごめんね、ふたりでゆっくりしようって言ったの僕だった。楽しくってさ」
「うん」
「だからね、」
 不二は私の手を取った。足取りは、軽い。