幸村くんがわたしのことを見てくれないことくらい初めからわかっていたのだ。だって神の子だもの。当たり前ね。もちろん例えなんだけれど、それが本当に聞こえてしまうくらい幸村くんはすごい人だった。わたしなんかの手には届かないくらいに特別。テニスがうまくて、頭がよくて、綺麗で、優しい。たくさんの人に囲まれている幸村くんはまさに神さまだった。
 そう、隣のクラスの幸村くんのうわさを聞いたり遠目に幸村くんのテニスを見ていただけのわたしはずっとそう思っていたのだ。それなのに、三年生になってみれば同じクラスには幸村くん。これには度胆を抜かれてしまった。同じ学年だからそうなるかもしれないことは当たり前だったのだけど、わたしはすっかりそれを忘れてしまっていた。けれど学期のはじめから幸村くんはいなかった。入院しているのだ。そのことはすこし聞いていて、幸村くんの空いた席を眺めたりしていたけれどそこに幸村くんが座ることはなんだか想像できなかった。
 幸村くんが退院して毎日授業に出るようになってから、知らず知らずにわたしは幸村くんを目で追っていた。はじめわたしは廊下側のいちばんうしろ、幸村くんは窓際のいちばん前だった。とても遠くて、雲の上にいることには変わりなかったけれど、遠目に頬杖をついたり机に突っ伏して居眠りしてる幸村くんを見ることができて拍子抜けしつつもなんだか嬉しかった。
 次の席替え、幸村くんはわたしの斜め前。これにはもうどうしたらいいかわからなかった。黒板を見ようとすると必然的に幸村くんも目に入る。ああどうしよう、神さまがすぐそこにいる!そんなときぽろりと転がっていったわたしの消しゴムを、幸村くんが、

「これ、きみのだろう」

とやさしく微笑んで手渡してくれたその瞬間から、わたしの日常は崩れ去ったのだ。