私はあまり誰からも好かれるようなタイプではなく、寧ろ嫌われ者に位置するようなそんな人間だ。例えるなら二人組を作れと言われて真っ先に余るような。昔から人付き合いも社交辞令も苦手なのだ。つっけんどんな態度ときつめの目つきも多分原因だと思う。十数年間そういう立ち位置にいて、もうすっかり慣れてしまったからべつに直そうとも思わない。女子同士の醜い争いにも、色恋沙汰の面倒な話にも巻き込まれなくてよかったとすら思う。
 でもやっぱり、二人組を作れって言われたときは流石に困る。一人でできるのなら一人でするけど、今回に限ってはどうにも…。ていうか高校生にもなって二人組で実験ってなんなの。しかもそのあと二人でレポートを書いて提出って。先生は元から二人用に準備していたようで量は一人でやるには多すぎる。困った。
「まあ三人でもいいから、ちゃんとやれよ」
 ああもう、なんだよこのクソ教師め。ムカつく。周りは仲のいい子達どうしで組み始めた。私は当然一人ぼっち。もういいや、この際一人でやってやれ。私の本気を見せる時だ。頑張れみょうじなまえ。
 と思っていたら先生が私が余ってて女子の三人組があるのに気づいて、「おいそこの三人、だれかみょうじと組め」とか言うからまさにウワァアアである。やめて、本当にやめてよ!内心ではそう思いつつも私は聞こえないふりで窓の外を眺めていた。そしたら誰かがすっと手を挙げて、
「みょうじとは俺が組みます」
 とか言う声が聞こえて耳を疑った。声の主は男子だ。なんと、柳だった。テニス部で生徒会、文武両道を絵に描いたような男柳蓮二。モテる。超博識。話したことなくても知っている。ちょっとした有名人だから。見るからに計算高くて打算で動くような男、それが柳の印象だった。そんな男が、なんで私に。教室がざわついている。そりゃそうだ。男子からも女子から上がる、なんであいつがの声。いちばんそう言いたいのは他でもない私なんですけど。元々柳と組んでいた男子なんて大口開けて唖然としている。そりゃそうだ。少し遠くでペアを組むはずだった男子と座っていた柳だったがつかつかと私の元に歩み寄ってきた。同時にクラス中の視線が動く。
「ちょっ、ちょっと待ってなんで」
「みょうじが俺と組んで損をする確率は0に近い。メリットしかないからな。なにも問題はない」
 そりゃそうかもしれませんけど!柳は成績優秀でとんでもなく博識だから確かに苦労はしないだろうけど…柳はなんにもわかってない。テニス部メンツと私みたいな奴が行動を共にしたら、とばっちりを食らうのは私だ!女子って怖いんだからな!
 そんな私の思いをよそに全ては決まってしまった。柳と組んで来週の授業から課題をこなさないといけないことも、女子から嫌がらせを受けることも。
 そうして私は柳と生物の課題をこなさなくてはならなくなってしまったのだった。結果はというと柳の知識と容量のおかげで、あっというまに終わってしまった。ついでに評価もよかった。柳が言ったとおり女子からの嫌がらせを除けはデメリットなんてなくて、今期の生物の成績はそんなに心配しなくても良さそうだ。
 それまではまあよかった。問題はそれからの柳が、やたらと私に絡んでくることだ。一人で廊下の掃除をしていたら手伝うというし、女子から聞きなれた暴言を吐かれているとどこからともなくやってきてその女子たちに一泡吹かせるし、数学とか英語で困っていたらノートを貸してくれるし、委員会を終えて一人で帰っていたら危ないからと一緒に帰ろうとするし。正直不気味というか、普段人から優しくされない私からしたらなんというか、怖い。柳なのが余計。
「あのさ、柳」
 今日も一緒に帰るとついてきたから聞いてみることにした。だってこれ以上はなんか嫌だ。怖い。だいたいあの日なんで私と組もうと思ったのかさえ理由が読めない。私なんかに優しくして柳になんのメリットがあるんだ。柳蓮二は打算的ではないのか。
「なんで私に優しくするの、あんたにメリットなんかないでしょ」
「…」
 柳は少し考える素振りを見せた。すらっと背が高い柳のこんな姿を見たら、女子が騒ぐのも頷けるなあと改めて思った。柳がすっと薄く目を開いて、薄く笑った。初めて見たぞ。それに驚いていたら柳はすっと私の方に向き直って、顎を掴んで。あろうことかキスを、キスを。
「ちょっと、」
「俺にも下心くらいあることを理解してほしいものだな」
「はあ?」
「先のでわからないのか」
 いや意味がわからない。なんでキスなんかしたんだ。よりによってこの私に。彼女とでもしとけよ。いるかいないか知らないけど…。
「な、なんなのよ」
「責任を取ってお前の彼氏になろう」
「柳あんた何言ってんの」
「検討しておいてくれ」
 フッと笑った柳は、呆然とする私を置いてすたこら先へ言ってしまった。私はこの胸の高鳴りと、頬の熱さの理由がわからなくて、ただ、柳の背中を見つめていた。