この日曜日は練習試合で、いつもより早く家に帰れた。軽くランニングをしてから早めに夕飯も風呂も済ませ、課題に手をつけたらゆっくりテレビでも見ようと考えていた矢先のみょうじからの電話。あいつは電話代を気にして基本連絡はメールだから珍しいと思いつつ電話に出た。
「今すぐ家に来て…!」
 どこか切羽詰ったような彼女の様子に驚きつつ理由を聞いても、みょうじはいいから早くと答えてくれない。仕方なく適当に練習してくるとか理由をつけて家を出た。練習に行くと言ってしまったからにはテニスラケットだけ持っていくことにする。俺の家からみょうじの家までは大した距離じゃあない。
 みょうじの家は小奇麗なマンションの三階だ。そんなに頻繁に来ているわけでもないが、数える程しか来ていないわけでもない。小学校も同じで、同じクラスにも何度かなったことがあるあいつの家には、よくあいつが休んだときにプリントを持って行っていたものだ。付き合ってからも何度か行ったことがある。
「あっ、手塚!」
「何かあったのか」
 インターホンを押すとすぐにみょうじが出てきた。待ってましたといわんばかりの勢いで開いた扉に若干気おされた。なにがあったんだ。
「あのね、お願いなんだけどね、本怖、一緒に見て欲しいの…!」
「は?」
「だから一緒に本怖見て…」
 ぽかんとしているとみょうじは「もしかして本怖知らなかった?!」と慌てた様子で説明を始めたが俺はテレビを見ない方ではないし、テレビを見ない方でもそれくらい知っている。というか、今日も見るつもりだった。みょうじに呼び出されたものだから録画をしてきている。見ないと菊丸達がうるさいのだ。怖くて見れないんだなどと囃したててくる。テレビだからヤラセな感じがするし、大して怖くもないのだが。
「落ち着け、本怖くらい知っている」
「あっほんとに?ってかいいからお願い一緒に見て!今日お母さんもお父さんもいないから、友達と一緒に見るつもりだったんだけどドタキャンされちゃって…一人なの、お願い!」
 みょうじはパンッと勢いよく両手を胸の前で合わせて懇願してきた。こんなに必死なみょうじは見たことがない。ひとりでもいいじゃないか、と言うと無理と即答された。
「…怖いのか?」
「…うん」
「だったら見なくてもいいだろう」
「だってみんな見てるんだもん…」
 しゅんとなっているみょうじに嫌とは言えず、素直に上がらせてもらった。みょうじは恐る恐るリモコンのスイッチを入れ、ソファに飛び乗った。少しでも画面から離れておきたいらしい。なんで見るんだ、という疑問はこの際閉まっておくことにする。下心がないわけじゃないしな。
 番組が始まると、まだ何も出てきていないのにみょうじは怖いらしく俺にぴっとりとくっついてきた。いつもの彼女はどちらかというと気が強いほうだからこういうのは珍しい。俺は無表情で見ていたようでみょうじに怖くないのかと聞かれた。不気味なBGMが恐怖をそそるといえばそそるのだが、みょうじがくっついているせいでそんなことどうでもよくなってしまう。
 ついに幽霊(的なもの)が出てくるとみょうじは小さく悲鳴を上げて、俺の肩に軽くしがみついた。ぎゅっと目をつぶっているかと思えばやはり怖いもの見たさなのだろう、そっと画面を見てみたり、しばらく何も出てこないと画面にかじりついたりするから見ていて飽きない。
「ひゃっ、もうやだ…手塚ぁ」
「だから、怖いのなら見なければいい」
「ううう…」
「…ほら」
 物語の佳境でみょうじがあまりにも怖がるものだから、ついに我慢ならなくなって自分の胸板に怖がるみょうじの頭を押し付けた。我ながら今日は少し大胆だ。みょうじはというとしばらく黙っていたかと思うと、バッと勢いよく身体を起こして俺から離れた。えっ。ちょっとショックだった。
「えっ、あっ、ちょっ、なに」
「…」
「あっ、その嫌なんじゃなくて…珍しい、ね」
「…そうか」
「うん」
 沈黙が流れた。テレビからは怖い話が延々と垂れ流されているが俺たち、いや少なくとも俺の耳にはもう全く入ってこない。みょうじはちょっと距離を置いて気恥かしそうに両手をソファについてうつむいている。
「…手塚国光さん」
 小さな、まるで言うのをためらうかのような声でみょうじが言った。
「なんだ改まって」
「やっぱりくっついててもいいですか」
 みょうじの耳にテレビの音は普通に入っていたようだ。彼女のかわいらしいお願いを拒否するはずもなく、俺は素直に頷いた。遠慮がちにもじもじと俺のそばに寄るみょうじは本当にかわいい。またさっきのように俺にぴっとりくっついてテレビを見始めたみょうじのこめかみに軽くキスをした。するとみょうじはちょっと俺の顔を見て、それから。一瞬で理解するのに時間がかかった。が、彼女は確かに俺にキスをした。これは、驚いた。当の本人はもう何事もなかったかのようにテレビにかじりついている。唇に手を当てると少し熱くて、さっきのが夢じゃないと語っていた。
 ちなみに俺は番組の内容のほとんどを覚えていなくて、みょうじの話に付き合えず怒られているうちにだんだん内容が気になって来て夜中にまた録画したのを一人で見た。いくらヤラセだとわかっていても、流石に、夜中に一人に見るものでは、ないかもしれない。