これはどういうことだろう。御堂筋くんの自転車部の部室に遊びに行ったら突然無言で抱きしめられた。昨日用があっていけなかったレースの結果を聞きに来たのに、これじゃあまともに話も出来ない。まあ、満更でもない、けど。
「み、御堂筋くん、どしたの」
だんまりを決め込む御堂筋くん。これ以上詮索するのも野暮ってもんだろう。何かあったのは間違いないから気になるといえば気になるけれど、それより私をこうしてくれていることが喜ばしかった。
「御堂筋くん、」
返事の代わりに腕の力を強められる。御堂筋くんは何も言わない。ここが部室でいつ誰が来てもおかしくないのは重々承知だけど、ずっとこうしていたいと、思った。
「……あのな」
しばらくして、ようやく御堂筋くんが口を開いた。いつもの威勢のいい声ではない。
「あのな、なまえちゃん、ボク昨日のレースで勝ってん。ぶっちぎりやってん。すごい、ええタイムも出て、」
「御堂筋くん?」
御堂筋くんが自分からこんな風にレースのことを話すのは初めてだ。見に行けなかったレースは結果だけしか教えてくれなくて、聞いても詳しくは言おうとしないのに。
「……て」
「えっ?」
「褒めて、なまえちゃん、ようやったって、えらいなって……ゆうて」
ぎゅう、と御堂筋くんの力が更に強まる。いったい、なにが、どうしたんだろう。御堂筋くんの初めて見る姿に私は少し戸惑っていた。けれど、そんな御堂筋くんがどうしようもなくいとおしかった。
「御堂筋くん、すごいね。えらいね、うん、御堂筋くん、えらい」
「うん」
私は御堂筋くんの頭を撫でて、たどたどしくもそう言った。御堂筋くんは弱々しい声で頷いたけど、少しだけ自慢げで安心した。部室に石垣先輩が入ってきて、大騒ぎになる五秒前。

▼母に甘えるように主人公に甘える御堂筋