縁に連るれば唐の物


 一歩二歩と歩を進め
 されど努々忘れるな
 光を持ちて進んだら
 五歩目にゃ墜ちる

 嗚呼あはれ



縁に連るれば唐の物



 がさがさと茂みをかき分けて進む。
 レイトンが進んでいる道は、獣道すらない山の中だった。

 山を進むシルクハットの英国紳士の後ろに、紅色がひょこりとついていく。

「のう、英国紳士殿。我は思うのだがの」

 独特の喋り方。
 髪も瞳も爪の先まで紅色を纏っている人物。

 名前はラトナ。
 以前、とある事件で知り合った小説家である。

 ラトナはレイトン同様に草をかき分けながら、問いかけた。

「そなたも相当の、お人好しじゃの。あの科学者殿を、助けに行こうとは」

 ラトナの言葉に、レイトンも苦笑する。

 そう、今二人はラトナの言う『あの科学者』。
 つまりはデスコールを助けに、山深いこの地に足を踏み入れていた。

 何故そうなったか。
 それは今朝方に遡る。

 謎の依頼ではなく、遺跡の調査依頼でレイトンが訪れた村。
 その村に一軒しかない宿屋のレイトンの部屋に、日付が変わる頃、ふらりとラトナが現れた。

 キョトンとするレイトンに彼曰く、偶然同じ村にいたという。
 そんなラトナが発した伝言に、レイトンは素直に驚いた。


『先程、仮面の科学者殿の執事と名乗るものとおうての。助けてくれと、言われた』


 事情が全く読めないレイトンの為に、ラトナの補足。
 夜の散歩をしようと外に出た所、デスコールの執事と名乗る老人と遭遇。
 酷く狼狽した様子で、自分に助けを求めてきた。
 そして、思い出した。

『そう言えば昼間、そなたの姿を村で見たと思い至り。とりあえず、伝えようと思ったのじゃ』

 執事が言うには、デスコールはこの近辺にある古い遺跡に向かったらしい。
 古い遺跡で、人為的な危険性はない筈の遺跡だったのだが。

 供をしていた執事が少しバランスを崩し、倒れかけ。それをデスコールが助けようとした時。
 唐突に、姿が見えなくなってしまったという。

 どれほど探しても、見つからない。


「そう言うラトナさんも、お人よしだと思いますが?」
「我が?これはまた愉快な事を」

 コロコロ笑うラトナが、紅い扇子で大きな洞窟を指した。
 そこが、デスコールが消えた場所らしい。
 昔は遺跡だったのだろうか。 しかし、風化が進み、その面影は何所にも無い。

 いや。
 レイトンは壁に手を触れ、ある事に気がついた。

 岩に刻まれた溝。
 それは、人為的な物だ。

「文字、みたいですね。それもとても古いものです。これは」
「ほう、どれ?」

 レイトンの横から、ラトナが文字を覗き込む。
 この文字の形態は何処かで見た事がある。
 記憶の引き出しを開けようとしたレイトンの耳に、小さなわらべ唄が届いた。

【一歩二歩と歩を進め
 されど努々忘れるな
 光を持ちて進んだら
 五歩目にゃ墜ちる

 嗚呼あはれ】

「ラトナさん?」
「お、英国紳士殿。これはどうやら、遺跡に入るにおいての、注意事項のようじゃ」

闇の中に道はあり
光照らせば落とし穴
うごめく魔物に呑まれたら
二度と戻れぬおそろしや

「と、書いておる」
「読めるんですか」
「趣味じゃ。趣味」

 光の扱いに気をつけろ、と書かれていたが。
 洞窟の中は夜でも塗り潰されたような闇だ。
 懐中電灯がなければ、前に進む事も出来ない。

 周囲を照らしながら、レイトンとラトナは洞窟を降りる。

「それで、ラトナさん。デスコールの執事だという人は」
「我が取った部屋で休ませておるよ。よほど主が大事と見える」

 パチン。
 扇子の音で、一拍。

「まぁ。少々、強引に寝台に入ってもろうた」

 ラトナが何をしたのか。
 問いかけず、レイトンは先を目指す。

 斜め下に傾いていた道が、ある個所から水平になる。
 懐中電灯の小さな明かりでも分かる。
 酷く、広い空間だ。

「遺跡の心臓部。神殿、の機能を持った場所みたいですね。壁の筋。ここは、人工的に作られた場所」
「それに、水の音か。この香り。何やら植物が生えておるようじゃ」

 レイトンの横を、ラトナがするりと通り抜く。
 カシャンカシャという、岩と小石を踏みしめる音。

 レイトンが違和感を覚えたのは、ラトナが何歩か進んだ時だった。

 その足音が。小石がぶつかり合う乾いた音から、ガサリという、妙に柔らかい音に変わる。
 一歩、二歩、三歩。
 闇の中響き渡るラトナの足音に、レイトンははっとした。

「ラトナさん、そこは!」

 反射的に、懐中電灯を振りあげ、レイトンは自分の行動を激しく悔いる。

 光に照らされた瞬間、ラトナの足元が文字通り。
 勢いよく盛り上がったのだ。

 盛り上がったそれは、空中に跳ねあげられたラトナを飲み込むように、ぐわっと口を開く。

 光持ちて進んだら、五歩目にゃ墜ちる、嗚呼あはれ。
 うごめく魔物に呑まれたら、二度と戻れぬおそろしや。

 入口の壁に刻まれていた、わらべ唄のままだ。
 ラトナが飲みこまれる。
 そのレイトンの予想は。

 見事に、裏切られた。

「よっ」

 明後日の方向に、ラトナが何かを投げる声。
 直後、垂直に落ちるはずだった紅い姿は、口を開いた魔物から逃れるように進路を変え。
 レイトンの隣に、着地した。

「冒険には、用意が重要じゃろう?」

 ラトナが見せたのは、一本の綱。
 片方に、動物の爪のような形の金属がついている。

「我がパトロンご愛用の秘密道具、鉤縄じゃ。結構便利じゃぞ」

 はははと、ゆったり笑うラトナには、流石のレイトンも緊張感を奪われる心持だった。
 本当に自分は、人を救助に来たのだろうか。

「まぁ、冗談はここまでにして置いて。英国紳士殿。我がそなたに声をかけた理由が、あれじゃ。あれのせいで、我一人では如何ともしがたくての」
「・・・一回、来たんですか?ここに」
「無論」

 綱を二重三重と編みながら、ラトナはレイトンに問い、尋ねる。

「あれが何か、そなたには分かるか」
「植物、のように見えますが」
「そうじゃ。固有の種らしい」

 レイトンから懐中電灯を受け取り、ある一点を照らす。
 途端、弾けるように盛り上がる地面。

「ここは本来光無き場所。あそこに敷詰まる植物は光に耐性が無い。故に、光という刺激に過剰に反応し、急激に歪曲。おじぎ草と同じ原理じゃの。そして跳ね上げられた旅人は」
「植物の下にある、穴の中に落ちる」
「科学者殿も、同じ状況に陥ったのじゃろう」

 なるほど、と、レイトンは考える。

 執事が僅かにバランスを崩した直後、デスコールが姿を消したと言った。
 それはきっと、執事が持っていた光源がバランスを崩した時に、運悪く、デスコールの足元にあった植物を照らしてしまったのだろう。

「さて、出来た」

 直径三センチはあろうかという太さにまで編んだ綱を手に、ラトナがにこっと笑う。
 彼が何を考えているのか、分からないレイトンではない。

「私が、入りましょう」

 レイトンは躊躇う事無く、言った。



 足元にはぐにゃりとした植物の感触。

「準備はいいかの、紳士殿」

 ラトナの確認に、レイトンは綱を引っ張る事で応える。
 直後、レイトンの足元が照らされ、体が跳ね上がる。

 闇に落ちるのは一瞬だった。
 その一瞬の間に『この高さから、デスコールの上に落ちたら・・・無事じゃないだろうな』という不吉な考えが巡ったのは、誰にも言わない秘密にすることにした。

 幸い、救助対象の上に直接落下という事態は避けられた。
 
 レイトンは、着地した植物の巨大な茎で構成されているであろう闇の中を、手探りで進む。
 進む途中、妙に乾いた細長い棒状のものやらに触れた気がしたが、深く考えないようする。

 そして、探すこと数分。

「いた」

 手に触れたのは、ちゃんと温かい手。
 このもふもふとした感触と言い、顔に触れた時の仮面の感触と言い。
 全く持って間違いが無い。

 こんな所でデスコール特有のファッションが役に立つとは。
 人生何が起きるか分からないものである。

 意識はさすがに無いようだが、息もしているし大丈夫だろう。

 レイトンは手探りで、綱を括りつける。
 デスコールと、そして自分に。
 結び目を確認しながら、レイトンは少し心配だった。

 ラトナ曰く『大人二人など、軽い軽い』と言うが。
 本当に引き上げられるのだろうか。

 確かに、一度で引き上げてしまった方が、二次遭難の危険はなくなるが。
 しかし、心配していても仕方がない。
 レイトンは科学者を落とさないように抱きあげ、綱を引っぱり、合図を送った。

 直後。

 植物が、激しく隆起する音。
 同時に、ドンと体に重くのし掛かる圧力。
 予想外の衝撃に一瞬意識が飛んだレイトンが、我に返ったとき。
 そこは、空間の天井につきそうなまでの、空中だった。

 続いて、落下運動。
 しかしそれは垂直落下ではなく、綱にぐんと引かれて、斜め下落下だった。

 デスコールを抱えたまま、レイトンは思う。


 着地、どうするんだろう。


 答えが見つからないまま、地面が急激に迫る気配。
 ちょっとまずいかな。
 そんなレイトンの思考をあざ笑うかのように、落ちてきた二人の紳士を迎えたのは、柔らかく弾力のある地面だった。

「・・・・?」

 この感蝕。
 あの植物のようだ。
 でも、いつの間に?

「大丈夫か、英国紳士殿」

 駆け寄ってきたラトナさんが、おう、と、奇妙な声を出す。

「勢いが付き過ぎて、植物の一部が弾けた様じゃの」

 なるほど。
 自分たちは運よく、千切れた植物の上に落下したようだ。

「えと、ラトナさん。着地の方法は?」
「・・・ははは。飛ぶものは、必ず落ちるぞ」

 どうやら、考えていなかったらしい。
・・・聞かなければ良かった。

 何はともあれ、やる事はやり終えた。
 後は、村に帰るだけ。


「全く。実にやんちゃな科学者よ。これでは、あの執事殿も大変じゃのう」

 帰路の途中。
 ラトナの言葉に、レイトンは苦笑する。

 そのやんちゃな科学者に散々迷惑をかけられているのに、こうして助けに来てしまう自分も。


 結構やんちゃなのかも知れない。



世界の片隅山の中
紳士と貴人の珍騒動


(引き起こしたのは、仮面の科学者)


二人を繋ぐ奇妙な縁
観覧するのも一興かの?


110217


相互リンクお礼
loto様「ドジったデスコールを助けるレイトン教授」

最初に土下座します。
すみません。
デスコールの、デスコールの出番が少なくてすみません。
あと、ラトナでしゃばってすみません。
オリジナルキャラを出していいというloto様のお言葉に、全力で甘えてしまいました。

言い訳がましく書きますと。
デスコールの救助法。どう考えても二人の方がよくて。
状況を簡潔に説明するには、便利設定所有のラトナが丁度良かったという。
申し訳ないと思いながら、書いていてすごく楽しかったで、す。

もう本当に、リクエストに沿っていないと思われたら、書きなおしますんで。
プレゼントの小説を書く時は、いつもどきどきします。

題名の諺は「思いがけない縁で、疎遠だったものとも関係が生まれる」という意味です。
縁とか運命とか、そう言う言葉が大好きです。

loto様。
相互リンクと、嬉しいお言葉をありがとうございます。
こちらこそ、よろしくお願い致します。


螺涼さんから相互記念としていただきました!

ラトナさん大好きです!
いっぱい出てきたくれて、私は大満足です(笑)

デスコールのドジっぷりも最高です

レイトン教授が危険なとこにデスコールを躊躇いなく助けに行くところに愛情を感じました


螺涼さんありがとうございます!
よろしくお願いしますね!



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